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さくらの花嫁  作者: あた
本編
3/32

私はいたって無実です。

 王宮の奥にある、蓮華殿れんかでん。そこは華やかなりし後宮である。しかし、ずいぶん静かで、ひと気がない。南棟と北棟があるが、南棟の灯りは寂しく消えたまま。今の王には側室がいないのだ。空っぽの南棟を脇に、玉葉は進む。


 桜花国の王は、名を汪紫苑おうしえんという。会ったことはない。噂によると若くて美形──同僚の話によると──らしいが、玉葉は話半分に聞いていた。厨房内で一番陛下と接するだろう飛雄は、「男の容姿を描写する言語能力はない」とか言っていたし。


 つまりは結局のところ、どういう人なのかよくわからないのだ。でも容姿がどうであろうと、性格がどうであろうと構わない。国をちゃんと治めてくれるなら、王がどういう人かなんて、意外とみんな気にしないのではないかと玉葉は思う。


 そういえば先日、王らしき人を見たな、と思う。花見船に乗って、御簾の間から手を出し、桜を掌に収めていた。


 にしても、花も自由に見れないのだろうか、王というものは。そう思うと、なんとなく不憫になる。


 玉葉はうどんを盆に載せ、北棟の廊下を歩いていた。北棟に住む正妃候補の白姫に、夜食を届けるところなのである。部屋の前に立ち、呼びかける。


「白姫さま、入ってもよろしいでしょうか」


 どうぞ、と声が聞こえた。ふすまを開けると、女性が二人いた。一人は紫の着物をまとった可憐な少女。もう一人は清楚な美しさの女性。


「陛下はいついらっしゃるのかしら」


 肘おきにもたれた可憐な少女がほう、とため息をつく。黒髪は艶やかで、ゆるく結いあげられており、ふっくらした唇にはあかい紅がさされている。まるで人形のように愛らしい姫君に、玉葉は盆を差し出した。


「白姫さま、お夜食でございます」

 美しい少女は、愁眉をふっとひそめる。

「あら、うどん? 着物にシミがついたら、陛下にだらしない女だと思われちゃう」


 その言葉に、玉葉は顔を引きつらせた。このわがまま姫様め……。

「さ、左様で……じゃあ蛍雪けいせつさん、どうぞ」


 玉葉は控えていた美女にうどんを差し出す。

「まあ、よろしいの?」


 侍女の蛍雪が嬉しそうに顔をほころばせた。細面の顔に、女性らしい切れ長の瞳が映えている。侍女といえども、品があってとても美しいひとだ。ただの料理人である玉葉にも、丁寧に接してくれる。


「食べないとは言ってないでしょ」


 白姫はさ、と丼を手にし、うどんをちゅる、とすすった。すると、その小動物めいた瞳が輝く。

「まあまあね」


 玉葉が肩をすくめると、蛍雪が申し訳なさそうに頭を下げた。まあ、姫さまはいつもこんな感じなので、気にしたら負けだ。結局、白姫はうどんを全て平らげた。なんだかんだ言って気にいったらしい。


「では、私は厨房に戻りますので、何かありましたらお呼び下さい」

 玉葉は盆を持って部屋を出た。



 白姫は二日ほど前から後宮に入っている。それというのも、求婚の儀式のため、らしい。宮廷の料理人である玉葉は、白姫の夜食係を担っている。


 王宮の料理って大したことないのね――。初日、全ての王宮料理人を敵に回すような言葉を発した白姫だったが、そういう割には膳を空で返してくる。


「なんか感じワルイわよね、美人だけど」

 厨房における大方の意見はそれだった。女の子が大好きな飛雄にしてみれば、「少しわがままなほうが可愛らしい」だそうだ。


 玉葉個人としては、なにかと文句の多い人ではあるが、出したものを全部食べてくれるのには好感がもてると思っている。それに彼女はお妃になるひとだから、多少難があろうとも、うまくやらねばならないのだ。やれやれである。


 後宮の回廊を歩いて行くと、月の光が足元に注いでいた。見上げると、丸く輝く月が。

「あ、満月」


 今日は桜の花がさぞ綺麗に見えるだろうな。玉葉はそう思った。



 厨房に戻ると、なぜか出入り口に兵士たちが集まっていた。めったにないことなので、思わず立ち止まる。

「な、何事……?」


 賊でも現れたのだろうか。


「おい、あの娘ではないか?」


 玉葉に気づいた兵士たちが、こちらにやってくる。え、なに! 思わず盆を地面に置き、走り出した。すると王兵たちも走って追いかけてくる。


「なんなの!?」


 追いかけられる覚えがないんですけど!? 時々つまみぐいしてるのがばれたとか? 怠勤でクビ? でも全然大した量じゃないし。同僚の春麗しゅんれいのほうがよっぽど食べてるし……。


 ぐるぐる考えを巡らしていたせいで、足元がおろそかになっていた玉葉は、石ころに足をとられる。


「ぎゃ!」

 倒れかけて、ぼふ、と何かに追突した。

「いてて……」

「大丈夫か?」


 顔をおさえつつ視線を上げると、緑がかった黒の瞳がこちらを見下ろしていた。闇に溶けそうな漆黒の髪。先ほどうどんを振舞った、浮世離れした美青年。


「小狼……?」

 隣には、すらりとした官服姿の男が立っている。端正な顔立ちをしていたが、眉間のしわがものすごい。なんだかものすごく睨まれてるんだけど、この人ダレ?


「この娘で間違いないですか、陛下」

「ああ、桜玉葉だ」


「陛下が初めて会った人間の名前を憶えている……!?」

 男が目を剥く。って、待って。


「陛下!?」


 玉葉が声を上げると、小狼が困ったように笑った。

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