女子はみんな強いのです。
蛍雪は、鎖で繋がれた自分の手足を見下ろしていた。
捕縛された彼女は、地下牢に入れられている。今から、尋問を受けるのだ。やはりあそこで自刃したほうが良かった、そんな目にあうかもしれない。だが、もう刃を持つ気になれなかった。結局自分には覚悟が足りなかったのだろうか。誰かを殺す覚悟も、自分が死ぬ覚悟も。
かつり、と靴音がして、男が現れた。酷薄そうな薄い色の瞳。松明に照らされた顔は、まるで能面のように表情がない。恐らく尋問官だろう。彼は無表情のまま、まばたきすらせずに口を開く。
「おまえが陛下を弑そうとした逆賊か」
「はい」
尋問官が兵に向かって視線を送ると、兵は蛍雪の剣と黒装束を持ってくる。尋問官はそれを彼女の足元へ投げ、
「なぜ料理人の星飛雄に濡れ衣を着せた?」
蛍雪は淡々と答えた。
「彼は花嫁さまと親しいようでしたので、邪魔をされてはかないませんから」
「そこまでして花嫁を殺そうとした理由は。藤家に命令されたか」
蛍雪は黙り込んだ。いいえ、と言っても、この男は信じないだろう。
「尋問官の前で沈黙するということがどんな意味を持つか、おまえはわかっているのか」
尋問官は松明の明かりに、持ち手が布で包まれた鉄の棒を入れる。赤く熱せられたそれを、見せつけるように蛍雪の前にかざした。
「言え。脅しではない。女でも子供でも、私はけして容赦しない」
まだ口を開かない蛍雪の白い肌に、熱せられた鉄の棒が近づいていく……。
「待て」
その声に、鉄の棒がピタリと止まった。現れた紫苑を見て、尋問官がすっ、と頭をさげる。
「陛下、このようなところにいらっしゃるとは」
「彼女と話をしたい。いいか?」
「しかし」
「大丈夫だ、繋がれているし、不必要に近づかないから」
尋問官はちら、と蛍雪をみて身を引いた。紫苑は牢の中に入り、雪蛍と向き合う。浮世離れした美青年だ。彼のことは、よく知らない。誠志君は言っていた。紫苑はとても優しいひとだと。穏やかで、のんびりとした気質。だがその瞳には、どこか寂しさが滲んでいるのだと。
蛍雪は、じ、と王の瞳を見つめる。
美しい、緑がかった黒の瞳。呪われた妃の子供。よく見ると、誠志君と面立ちが似ている。きょうだいだから、当たり前だろうか。
「なにか、ご用ですか」
「君に聞きたいことがある」
「何でしょう」
「今回のことは、君の判断なのか?」
蛍雪はじっと紫苑を見た。
「どういう意味でしょうか」
「誰かにやらされたのではないか」
やはり王宮側は藤家に科を負わせようとしている。力ある豪族は王にとっては諸刃の剣。機会があるときに叩いておくのは定石だ。
脳裏に、白姫の父親、英進の姿が浮かんだ。婚約先をなくしてうらぶれた蛍雪を拾い、侍女として雇った。なぜそうしたのか尋ねたら、「美女を側に置きたいというのは男の本能だ」と答えた。
あの人の本音などわからない。何を欲しているのか、周りが汲み取る必要がある。強大な力を持つ人間は、自分の手を汚さずとも、何も言わずとも、周りの手勢によって望む事を成し遂げることができるのだ。
うまくいかずとも、蛍雪を切り捨てればいい。自分のかわりなどいくらでもいる。わかっていて、英進に仕えたのだ。ひどいなどと、思わない。
「いいえ、英進さまは何も」
「……そうか」
「がっかりなさいましたか」
紫苑はかぶりを振り、ふ、と笑った。
「いや、君は、強い人だ」
玉葉も強い、と彼は言う。
「花嫁は、みな強いのかもしれないな」
紫苑は牢を出て、尋問官に告げた。
「尋問は必要ない」
「しかし」
「いいんだ。彼女は何も話さない」
尋問官は眉をしかめ、
「逆賊を赦免なさるのですか」
「私は甘いか?」
「失礼ながら極甘かと。どんな手を使ってでも全て吐かせるべきです」
「おまえは随分辛いな」
まあ、そうでなければ尋問官など勤まるまい。紫苑は尋問官の顔を見た。薄い色の瞳は狼のようだ。
「すまん、名前はなんだった。人の名前を覚えるのが苦手でな」
「辛翔です」
「名前も辛いな」
辛翔は、自分では気に入っています、と告げた。紫苑はふ、と笑い、彼の肩を叩いて歩き出した。地下牢を出て階段を上がっていくと、憮然とした表情の蓮宿が立っていた。
「あ」
「あ、じゃないですよ。陛下、なぜこんなところをうろついているのです?」
眉間のシワが餃子のヒダのようになっている。
「ちょっと夜風に当たりたくなってな」
「何を言っちゃってくれちゃってんです」
私を騙しましたね? 責めるような声を出した。紫苑は肩をすくめ、蓮宿と並んで立った。彼はじろ、とこちらを見て、
「星料理長が犯人ではないとわかっていたんでしょう」
「ああ、飛雄は弁当を台無しにするようなことはしない。それに、かすかに香の匂いがしたからな。女だろうと思っていた」
蓮宿が眉間に指を当て、
「まったく……人の胃を壊すつもりですか、あなたは」
「すまんな、苦労ばかりかけて」
「朱里が言っていました、私は苦労する星のもとに生まれたと」
「朱里はなんだかおまえに容赦ないな」
「人の不幸を楽しんでいるのでしょう。これだから占い師などというものは」
苦々しく言う蓮宿を笑っていたら、ふと、玉葉がこちらに駆けてくるのに気づいた。
「陛下!」
玉葉を見ながら、紫苑は囁く。
「私が助けたかった。私の、花嫁だから」
「仮の、ですよ」
苦々しく言いながら、蓮宿が踵を返す。
「早く寝所にお戻りください、紫苑さま」
ああ、久しぶりに蓮宿に名前を呼ばれたな。よほど腹に据えかねたのだろう。
「ああ」
紫苑は頷いて、玉葉の方へと歩き出した。




