表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらの花嫁  作者: あた
本編
27/32

女子はみんな強いのです。

 蛍雪は、鎖で繋がれた自分の手足を見下ろしていた。

 捕縛された彼女は、地下牢に入れられている。今から、尋問を受けるのだ。やはりあそこで自刃したほうが良かった、そんな目にあうかもしれない。だが、もう刃を持つ気になれなかった。結局自分には覚悟が足りなかったのだろうか。誰かを殺す覚悟も、自分が死ぬ覚悟も。


 かつり、と靴音がして、男が現れた。酷薄そうな薄い色の瞳。松明に照らされた顔は、まるで能面のように表情がない。恐らく尋問官だろう。彼は無表情のまま、まばたきすらせずに口を開く。


「おまえが陛下を弑そうとした逆賊か」

「はい」

 尋問官が兵に向かって視線を送ると、兵は蛍雪の剣と黒装束を持ってくる。尋問官はそれを彼女の足元へ投げ、

「なぜ料理人の星飛雄に濡れ衣を着せた?」


蛍雪は淡々と答えた。

「彼は花嫁さまと親しいようでしたので、邪魔をされてはかないませんから」

「そこまでして花嫁を殺そうとした理由は。藤家に命令されたか」

 蛍雪は黙り込んだ。いいえ、と言っても、この男は信じないだろう。


「尋問官の前で沈黙するということがどんな意味を持つか、おまえはわかっているのか」

 尋問官は松明の明かりに、持ち手が布で包まれた鉄の棒を入れる。赤く熱せられたそれを、見せつけるように蛍雪の前にかざした。

「言え。脅しではない。女でも子供でも、私はけして容赦しない」


 まだ口を開かない蛍雪の白い肌に、熱せられた鉄の棒が近づいていく……。

「待て」

 その声に、鉄の棒がピタリと止まった。現れた紫苑を見て、尋問官がすっ、と頭をさげる。


「陛下、このようなところにいらっしゃるとは」

「彼女と話をしたい。いいか?」

「しかし」

「大丈夫だ、繋がれているし、不必要に近づかないから」


 尋問官はちら、と蛍雪をみて身を引いた。紫苑は牢の中に入り、雪蛍と向き合う。浮世離れした美青年だ。彼のことは、よく知らない。誠志君は言っていた。紫苑はとても優しいひとだと。穏やかで、のんびりとした気質。だがその瞳には、どこか寂しさが滲んでいるのだと。


 蛍雪は、じ、と王の瞳を見つめる。

美しい、緑がかった黒の瞳。呪われた妃の子供。よく見ると、誠志君と面立ちが似ている。きょうだいだから、当たり前だろうか。


「なにか、ご用ですか」

「君に聞きたいことがある」

「何でしょう」

「今回のことは、君の判断なのか?」

 蛍雪はじっと紫苑を見た。

「どういう意味でしょうか」

「誰かにやらされたのではないか」


 やはり王宮側は藤家に科を負わせようとしている。力ある豪族は王にとっては諸刃の剣。機会があるときに叩いておくのは定石だ。

 脳裏に、白姫の父親、英進の姿が浮かんだ。婚約先をなくしてうらぶれた蛍雪を拾い、侍女として雇った。なぜそうしたのか尋ねたら、「美女を側に置きたいというのは男の本能だ」と答えた。


 あの人の本音などわからない。何を欲しているのか、周りが汲み取る必要がある。強大な力を持つ人間は、自分の手を汚さずとも、何も言わずとも、周りの手勢によって望む事を成し遂げることができるのだ。


うまくいかずとも、蛍雪を切り捨てればいい。自分のかわりなどいくらでもいる。わかっていて、英進に仕えたのだ。ひどいなどと、思わない。


「いいえ、英進さまは何も」

「……そうか」

「がっかりなさいましたか」

紫苑はかぶりを振り、ふ、と笑った。

「いや、君は、強い人だ」

 玉葉も強い、と彼は言う。

「花嫁は、みな強いのかもしれないな」


 紫苑は牢を出て、尋問官に告げた。

「尋問は必要ない」

「しかし」

「いいんだ。彼女は何も話さない」

 尋問官は眉をしかめ、

「逆賊を赦免なさるのですか」

「私は甘いか?」

「失礼ながら極甘かと。どんな手を使ってでも全て吐かせるべきです」

「おまえは随分辛いな」


 まあ、そうでなければ尋問官など勤まるまい。紫苑は尋問官の顔を見た。薄い色の瞳は狼のようだ。

「すまん、名前はなんだった。人の名前を覚えるのが苦手でな」

辛翔しんしょうです」

「名前も辛いな」


 辛翔は、自分では気に入っています、と告げた。紫苑はふ、と笑い、彼の肩を叩いて歩き出した。地下牢を出て階段を上がっていくと、憮然とした表情の蓮宿が立っていた。

「あ」

「あ、じゃないですよ。陛下、なぜこんなところをうろついているのです?」

 眉間のシワが餃子のヒダのようになっている。


「ちょっと夜風に当たりたくなってな」

「何を言っちゃってくれちゃってんです」

 私を騙しましたね? 責めるような声を出した。紫苑は肩をすくめ、蓮宿と並んで立った。彼はじろ、とこちらを見て、

「星料理長が犯人ではないとわかっていたんでしょう」

「ああ、飛雄は弁当を台無しにするようなことはしない。それに、かすかに香の匂いがしたからな。女だろうと思っていた」


 蓮宿が眉間に指を当て、

「まったく……人の胃を壊すつもりですか、あなたは」

「すまんな、苦労ばかりかけて」

「朱里が言っていました、私は苦労する星のもとに生まれたと」

「朱里はなんだかおまえに容赦ないな」

「人の不幸を楽しんでいるのでしょう。これだから占い師などというものは」


 苦々しく言う蓮宿を笑っていたら、ふと、玉葉がこちらに駆けてくるのに気づいた。

「陛下!」

玉葉を見ながら、紫苑は囁く。

「私が助けたかった。私の、花嫁だから」

「仮の、ですよ」

 苦々しく言いながら、蓮宿が踵を返す。

「早く寝所にお戻りください、紫苑さま」


ああ、久しぶりに蓮宿に名前を呼ばれたな。よほど腹に据えかねたのだろう。

「ああ」

 紫苑は頷いて、玉葉の方へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ