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さくらの花嫁  作者: あた
本編
24/32

危険なにおいがします。

 玉葉は弁当箱を持って、流水殿に向かって歩いていた。風でふわりと桜が舞い、室内へあがる階段に溜まっている。中に入り、見張りの兵に頭を下げて執務室を覗いてみると、紫苑が政務を行っていた。

 ふ、とこちらに向いた、緑がかった黒い瞳が見開かれた。


「玉葉」

「陛下、おはようございます」

「おはよう。どうかしたか」

 手招かれ、近寄っていく。いざ渡すとなると、なぜか恥ずかしくなってくる。


 ──本当のお嫁さんみたいだね。星の言葉が頭をよぎって、頬が熱くなった。もじもじしている玉葉を、紫苑は不思議そうに見上げる。

「玉葉?」


 ──ええい、もじもじしていてどうするんだ。陛下は忙しいんだから。後ろ手にしていた弁当を、さっと差し出す。

「あの、これ」

「弁当?」

「はい、お昼に食べてください、あっ、ちょっ」

「今食べたい」


 紫苑は止める間もなく弁当箱の蓋を開ける。弁当箱の中身を見て、その頰がほころんだ。

「美味そうだ」

「政務はいいんですか、陛下」

「よくない。早く食べないと蓮宿に怒られる」

 いそいそ長椅子に移動して、弁当を食べ始めた紫苑のそばに座り、玉葉は茶を注ぐ。

「はい、陛下」

「ありがとう」


 手がふれあい、慌てて引いたら、紫苑がふ、と笑った。

「今日は休みではないのか?」

「そうなんですが、白姫さまとお花見の約束をしまして」

「そうなのか」

 紫苑が肩を落とした。


「どうかしましたか?」

「てっきり、私に会いに出てきてくれたのかと思った」

「……っち、違いますよ!」

 玉葉は真っ赤になる。


「陛下に会おうなんて、これっっぽっちも思ってませんでした!」

「え、そうか……」

 がっかりした様子で眉を下げ、紫苑はうつむく。そうして、ちまちま弁当をつまむ。

 あ、言いすぎた。良心がずき、と痛む。


「し、白姫との御婚姻、うまくいくといいですね」

「……トドメを刺してくるとは、君は私が嫌いなのか?」

「へ?」

 紫苑はかちゃ、と箸を置き、

「白姫とは、結婚しない」

「な、なんでですか」

 慌てる玉葉を見つめ、紫苑が微笑む。

「私にはもう、花嫁がいるから」

「……っ」


 どくん、と鼓動がなる。ばくばく、と響きだす。どうしよう。心臓が痛い。私はただの──

「うどんですよ!?」

「は?」

「陛下は黒曜石で、私はうどん! たとえばその二つが市場で並んでたらおかしいでしょう! お客もびっくりですよ!」

 紫苑はきょとんとしている。

「何の話だ?」

「だから……っ」


「私はうどんが好きだ」

 緑の滲んだ黒い瞳が、こちらを見つめる。そのまま、破顔した。

「大好きだ」

 心臓が壊れてしまう。もう、だめだ。顔が熱くなる。唇が震える。抑えていた気持ちが、あふれそうになる。


「わ、たし」

 口を開きかけた瞬間。紫苑の瞳がふい、と窓に向かった。その目が厳しいものに変わる。初めて見る表情に、玉葉は恐る恐る声をかけた。

「へい、か?」

「玉葉、今日はもう後宮に帰れ」

「え? でも」

「いいから。弁当、美味しかった。ありがとう」


 やんわり部屋から締め出され、玉葉は目を瞬く。

「急になんだろ」

 帰れと言われたが、蛍雪たちとの約束がある。せめてお弁当だけ渡そうか。そう思い、荘園にある東屋へ向かった。






 玉葉が部屋から出て行き、紫苑一人だけになった。食べかけの弁当をそっと包み直し、口を開く。

「そこに、いるのだろう」

 窓の向こう、現れた黒装束の人物が、剣を引き抜く。窓枠を飛び越え、紫苑に剣先を突きつけた。

「誰の手の者だ?」


 黒装束は、それには答えない。かわりに、懐から出した瓶を投げた。紫苑は瓶を受け止め、蓋を開けた。くん、と匂いを嗅ぐ。無臭だが、おそらくは──

「何かの毒か」


 目の前には食べかけの玉葉の弁当。これを飲んだら、玉葉が毒を盛ったかのように見えるだろう。

「これは飲めない。私を殺したいなら、その立派な剣で刺せ」

 だが、黒装束は剣を動かそうとしない。狙いは紫苑を殺すことではなく、玉葉か。

 すまん、玉葉。心の中で言い、弁当箱を掴み、黒装束に投げつける。

「!」


 ひるんだ黒装束に、腰から引き抜いた剣を突きつけた。

「離宮に住んでいた時、暇でよく剣の練習をしていた。抜刀、振り、脚さばき、相手の注意をそらす方法……まさか役に立つとは思わなかったがな」

 黒装束の剣を払い落とし、ぴっ、と布を裂いた。あらわになった首筋に、刃を突きつける。

「言え。おまえは何者だ? 誰の手のものだ」

 黒装束は答えない。

「言わぬと首が飛ぶぞ」


 実際に人を傷つけたことはない。だが、いざという時は剣を振る必要があるだろう。玉葉に、手だしはさせない。

 剣を引こうとしたその時、失礼します、という声と共に、部屋に蓮宿が入ってくる。紫苑は身体を強張らせた。

「失礼します陛下、この書類についてですが──」

「来るな蓮宿!」


 紫苑の注意がそれた瞬間、黒装束が素早くかがんだ。刀を拾い上げ、振り上げる。

「陛下!」

 蓮宿の悲鳴と、どす、という鈍い音が、部屋に響いた。

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