お弁当を届けます。
「ふあ……」
翌朝、玉葉はあくびを押し殺しながら歩いていた。昨夜、遅くまで献立を考えていたせいで眠い。厨房に向かうと、飛雄がいた。包丁を研いでいる。
「あれ……料理長、どうされたんですか、休みなのに」
彼は顔を上げ、甘く微笑んだ。
「君こそどうしたんだい、玉葉。僕に会いに来たのかい」
「いや、料理長がいるとか知りませんでしたし」
「照れなくていいんだよ。他の小鹿ちゃんたちはいないし、思う存分甘えてごらん」
一向に「なぜここにいるのか」の答えが返ってこない。こんな風にのらりくらりとかわすということは、たぶん言いたくないのだ。玉葉は肩をすくめ、食材庫に向かう。
「えーと、たけのこ、たまご、じゅんさい……」
食材を籠に入れていると、飛雄が後ろに立った気配がした。
「玉葉、一ついいかな」
どうせまた寒い言動を繰り出すのだろうと思い、振り返らずに言う。
「なんですか? あ、花見団子も作ろうかな」
籠からたけのこを取り出して眺めながら、飛雄が問う。
「君は陛下のこと、どう思ってるの?」
「はい?」
振り向くと、亜麻色の瞳がこちらをじっと見ていた。からかっている風ではない。
「君は絶対に僕を好きになるという確信はあるけど、心配でね。で、どうなんだい?」
「その確信、絶対はずれます。……陛下は、放っておけない人、だと思います」
あんなのにきれいなのに、なんだか寂しそうで。
「そう……妬けるな」
「は?」
「僕もこう見えて中々の寂しがりやなんだけれど」
「何が言いたいのかよくわからないんですけど」
玉葉はたけのこを取り返し、さっさと厨房に戻る。勝手口に手をかけた飛雄がため息交じりに、
「玉葉は僕に冷たいな。上司だし尊敬すべき先輩だというのに」
「星料理長の言うことを間に受けてたら、厨房は女の子たちの争いで修羅場ですよ」
「そうだね。小鹿ちゃんたちはみんな魅力的だけど、いつかは一番を決めなくてはならない。それはもちろん君だよ、玉葉」
「料理長、お暇なら、たけのこ煮てください」
暇なら使おう、料理に関しては信頼のおける人だし。玉葉は内心そんなことを思う。星料理長はたけのこの皮を剥きながら、
「今日、僕に会えてよかっただろう? 示し合わさずともかち合うとは、きっと運命だね」
「ああはい、(便利で)よかったです。それ終わったら飾り切りお願いできますか?」
「まったく仕方ないな。このこと、他の子には内緒だよ。嫉妬されてしまうからね」
別にされないと思う。
飛雄は人参や大根を花の形に切り、煮る。素早く、見た目も美しい。たけのこの煮物も上品な味付けでいくらでも食べられる。さすがだ。とは、調子にのるから言わないでおこう。
「星料理長、味見お願いします」
小皿を差し出すと、ふう、とため息をつく。
「玉葉、駄目だよ」
「あ、す、すいません」
さすがに甘えすぎたか。そう思って皿を引こうとすると、飛雄は玉葉の手ごと皿を掴んだ。恋人にするかのように、甘い声で囁く。
「もっと可愛く、「料理長大好き。お願い、味見して」って言ってごらん」
「あ、やっぱり結構です」
これさえなければ尊敬できるのに。そんなこんなで全ての食材を作り終え、桜の形の弁当箱に詰める。
完成した弁当を見て、飛雄は目を緩める。
「可愛らしいね」
「桜の花っていいですよね、形もかわいくて」
「それで、この可愛らしいお弁当箱を持って、僕の玉葉は誰とお花見するのかな?」
「白姫さまと蛍雪さんです。あと私は料理長のものじゃないです」
せっせと包んでいると、星が四角い弁当箱に目を向ける。
「ん? これは?」
「それは陛下に」
「おや、お弁当を作るなんて、まるで本当のお嫁さんだね」
玉葉は思わず弁当箱の蓋を落とした。じわ、と赤くなったのをごまかすべく、慌てて言う。
「わ、私はうどんですから!」
「……いつから麺類になったんだい、玉葉」
本当に君は珍味だね。星がつぶやく。
「こ、これ陛下に渡してきます」
「すぐ帰ってくるんだよ、食べられないように」
たけのこをつまみながら、星が言った。




