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さくらの花嫁  作者: あた
本編
22/32

食べ物を粗末にしたらいけません。

 玉葉は厨房でたけのこの皮を剥いていた。ぼんやりしているせいで、さっきから何度も手を切りそうになっている。

「玉葉らしくないわね。なにボーッとしてんのよ」

 と嵐晶。


「ぬか床が死んだんじゃないのー」

 煎餅を食べつつ、春麗が言う。二人の声に、玉葉は反応しない。しかもよくよく耳をすますと、何か言っている。


「私はうどん、私はうどん……」

「やばい、脳がうどんに侵食されてる」

「なにそれこわーい」

「ちょっと」

 その声に、玉葉は顔を上げた。厨房の入り口に、白姫が立っていた。背後には困ったような顔の蛍雪がいる。


「し、白姫さま」

 嵐晶と春麗が慌てて頭を下げる。白姫はふん、と鼻を鳴らし、厨房に入ってきた。鍋をのぞき込み、

「魚くさい。なんなの? この匂い」

 玉葉は立ち上がり、白姫の側に行く。

「だしです。煮物とかうどんとか、色々なものに使えま……」

「これは?」


 白姫の瞳が、かごに積まれたタケノコ向かう。

「あ、裏山で取れるたけのこです。甘みがあっておいしいんですよ」

 玉葉はたけのこの甘露煮を差し出した。

「どうぞ、味見してみてください」


 白姫は眉をあげ、皿を受け取る。と思ったら、皿を傾けた。タケノコが地面にぼとり、と落ちる。

「!」

 嵐晶と春麗が目を見開く。

「……」


 床に落ちたたけのこを、玉葉は無言で拾い集めた。

「あら、ごめんなさい。手がすべっ!?」

 玉葉は白姫の腕をガッ、と掴んだ。

「な、なによ」

「食べ物を粗末にするなああああああ」

 そう叫びながら、頭突きをする。

「いっ!?」

 白姫が、悶絶しながらしゃがみこんだ。


「ひ、姫さま!」

 蛍雪が慌てて白姫に駆け寄る。白姫は赤くなった額を押さえ、涙目で玉葉を睨みつけた。

「なにするのよ、このうどん女!」

 同じく額を赤くした玉葉が、拾い集めたタケノコを突きつける。


「やかましいですよ、このすっとこどっこい! たけのこに謝ってください!」

「わけがわからないことを言わないで! 私を誰だと思ってるのよ、藤家の白姫よ!? こんなことしてただで済むと思ってるの!」

「食べ物を粗末にする人間は、どんなに金持ちだろうが、頭がよかろうが顔がよかろうが、幸せにはなれないんですよ!」


 白姫は額を押さえながらこちらを睨みつけた。

「庶民の分際で私に楯突こうっていうの……」

「ええ、楯突きますよ、食べ物のことに関しては!」

「見てなさい……お父様に話して、王宮にいられなくしてやるから!」

 白姫が捨て台詞を吐き、厨房を出て行く。

「姫さま!」


 蛍雪は慌てて頭を下げ、白姫を追いかけて行った。いつものんきな春麗が泡を食っている。

「ちょっと玉葉、まずくないー?」

 嵐晶もあせり気味に、

「そうだよ。追いかけて謝ったほうがいいよ」

「謝らない、これに関しては絶対に」

 玉葉はそう言って、落ちてしまったたけのこをじっと見た。


「これ洗えば食べられるかな……」

「やめなよ、お腹壊すよ!」



 その夜、後宮に戻った玉葉は、部屋の前で誰かが待っているのに気づいた。近づいていくと、その姿が明らかになる。すらりとした、妙齢の美女。

「蛍雪さん」


 蛍雪はこちらを見て、軽く会釈をする。

 玉葉は蛍雪を中に通し、お茶をいれた。蛍雪は茶には手をつけず、深々と頭を下げる。

「昼は、申し訳ありませんでした」

 玉葉は慌てる。

「蛍雪さんに謝ってもらうことじゃ……」

 蛍雪は首を振り、ため息をついた。


「白姫さまの心中を察すると口を出せず……姫様もああ見えて、陛下の花嫁になることをずっと心待ちにしていたのです。日に何度も髪を直し、花を受け取る練習をして」

「……そうなんだ」


「お美しい方ですからね、陛下は。特にあの瞳……」

「瞳?」

「陛下は緑がかった黒の、不思議な瞳をしているでしょう? あれは、藍妃さまの血なのです」

「蛍雪さん、陛下のお母さまにお会いしたことあるの?」


 今よりずっと若い頃ですが、と蛍雪は言う。

「ぞっとするくらい美しい方でした。この世のものではないと思えるほどに」

「そう、なんだ」


蛍雪は再び頭を垂れ、

「そんなわけで、姫さまのこと、悪く思わないでくださいませ」

「うん、私も頭突きしたのは、やりすぎだったかも」


 では私はこれで、そう言って立ち上がった蛍雪が、ふ、と卓上の花瓶を見る。

「これが、玲紀桜……?」

 いまだに枯れる気配を見せない白い桜に、彼女の瞳が釘付けになる。

「そう。最初はもっと白っぽかったんだけど、だんだん色が濃くなってきてて」

「なんと美しい……実物を拝見したいものです」


 玉葉はあ、と呟く。

「じゃあ、明日、お花見する?」

「お花見……ですか?」

「うん。仲直り……っていうのも変だけど、お弁当を作るから、白姫さまも一緒に」

「姫さまがいらっしゃるかはわかりませんが……よろしいのですか?」

「うん、明日お休みだし」


 午の鐘が鳴った頃に、荘園の東屋で。そう蛍雪と約束した玉葉は、お弁当の献立を考え始めた。

 ──陛下にも、おすそ分けしようかな。そう思ったら、自然と力が入った。

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