食べ物を粗末にしたらいけません。
玉葉は厨房でたけのこの皮を剥いていた。ぼんやりしているせいで、さっきから何度も手を切りそうになっている。
「玉葉らしくないわね。なにボーッとしてんのよ」
と嵐晶。
「ぬか床が死んだんじゃないのー」
煎餅を食べつつ、春麗が言う。二人の声に、玉葉は反応しない。しかもよくよく耳をすますと、何か言っている。
「私はうどん、私はうどん……」
「やばい、脳がうどんに侵食されてる」
「なにそれこわーい」
「ちょっと」
その声に、玉葉は顔を上げた。厨房の入り口に、白姫が立っていた。背後には困ったような顔の蛍雪がいる。
「し、白姫さま」
嵐晶と春麗が慌てて頭を下げる。白姫はふん、と鼻を鳴らし、厨房に入ってきた。鍋をのぞき込み、
「魚くさい。なんなの? この匂い」
玉葉は立ち上がり、白姫の側に行く。
「だしです。煮物とかうどんとか、色々なものに使えま……」
「これは?」
白姫の瞳が、かごに積まれたタケノコ向かう。
「あ、裏山で取れるたけのこです。甘みがあっておいしいんですよ」
玉葉はたけのこの甘露煮を差し出した。
「どうぞ、味見してみてください」
白姫は眉をあげ、皿を受け取る。と思ったら、皿を傾けた。タケノコが地面にぼとり、と落ちる。
「!」
嵐晶と春麗が目を見開く。
「……」
床に落ちたたけのこを、玉葉は無言で拾い集めた。
「あら、ごめんなさい。手がすべっ!?」
玉葉は白姫の腕をガッ、と掴んだ。
「な、なによ」
「食べ物を粗末にするなああああああ」
そう叫びながら、頭突きをする。
「いっ!?」
白姫が、悶絶しながらしゃがみこんだ。
「ひ、姫さま!」
蛍雪が慌てて白姫に駆け寄る。白姫は赤くなった額を押さえ、涙目で玉葉を睨みつけた。
「なにするのよ、このうどん女!」
同じく額を赤くした玉葉が、拾い集めたタケノコを突きつける。
「やかましいですよ、このすっとこどっこい! たけのこに謝ってください!」
「わけがわからないことを言わないで! 私を誰だと思ってるのよ、藤家の白姫よ!? こんなことしてただで済むと思ってるの!」
「食べ物を粗末にする人間は、どんなに金持ちだろうが、頭がよかろうが顔がよかろうが、幸せにはなれないんですよ!」
白姫は額を押さえながらこちらを睨みつけた。
「庶民の分際で私に楯突こうっていうの……」
「ええ、楯突きますよ、食べ物のことに関しては!」
「見てなさい……お父様に話して、王宮にいられなくしてやるから!」
白姫が捨て台詞を吐き、厨房を出て行く。
「姫さま!」
蛍雪は慌てて頭を下げ、白姫を追いかけて行った。いつものんきな春麗が泡を食っている。
「ちょっと玉葉、まずくないー?」
嵐晶もあせり気味に、
「そうだよ。追いかけて謝ったほうがいいよ」
「謝らない、これに関しては絶対に」
玉葉はそう言って、落ちてしまったたけのこをじっと見た。
「これ洗えば食べられるかな……」
「やめなよ、お腹壊すよ!」
★
その夜、後宮に戻った玉葉は、部屋の前で誰かが待っているのに気づいた。近づいていくと、その姿が明らかになる。すらりとした、妙齢の美女。
「蛍雪さん」
蛍雪はこちらを見て、軽く会釈をする。
玉葉は蛍雪を中に通し、お茶をいれた。蛍雪は茶には手をつけず、深々と頭を下げる。
「昼は、申し訳ありませんでした」
玉葉は慌てる。
「蛍雪さんに謝ってもらうことじゃ……」
蛍雪は首を振り、ため息をついた。
「白姫さまの心中を察すると口を出せず……姫様もああ見えて、陛下の花嫁になることをずっと心待ちにしていたのです。日に何度も髪を直し、花を受け取る練習をして」
「……そうなんだ」
「お美しい方ですからね、陛下は。特にあの瞳……」
「瞳?」
「陛下は緑がかった黒の、不思議な瞳をしているでしょう? あれは、藍妃さまの血なのです」
「蛍雪さん、陛下のお母さまにお会いしたことあるの?」
今よりずっと若い頃ですが、と蛍雪は言う。
「ぞっとするくらい美しい方でした。この世のものではないと思えるほどに」
「そう、なんだ」
蛍雪は再び頭を垂れ、
「そんなわけで、姫さまのこと、悪く思わないでくださいませ」
「うん、私も頭突きしたのは、やりすぎだったかも」
では私はこれで、そう言って立ち上がった蛍雪が、ふ、と卓上の花瓶を見る。
「これが、玲紀桜……?」
いまだに枯れる気配を見せない白い桜に、彼女の瞳が釘付けになる。
「そう。最初はもっと白っぽかったんだけど、だんだん色が濃くなってきてて」
「なんと美しい……実物を拝見したいものです」
玉葉はあ、と呟く。
「じゃあ、明日、お花見する?」
「お花見……ですか?」
「うん。仲直り……っていうのも変だけど、お弁当を作るから、白姫さまも一緒に」
「姫さまがいらっしゃるかはわかりませんが……よろしいのですか?」
「うん、明日お休みだし」
午の鐘が鳴った頃に、荘園の東屋で。そう蛍雪と約束した玉葉は、お弁当の献立を考え始めた。
──陛下にも、おすそ分けしようかな。そう思ったら、自然と力が入った。




