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さくらの花嫁  作者: あた
本編
21/32

私はうどんですから。

 ゴリゴリ。ごまをする音が厨房に響いている。

「はあ……」

 先日のことを思い出しながら、玉葉はため息をつく。ゴリゴリゴリゴリ。はああ。二つの音が交互に響いている。


 無理、というのはひどすぎた。っていうか自分からできることはする、って言っといてやっぱり無理とか。最低じゃないか。ゴリゴリゴリゴリ。


「はあああ……」

 えんどうのさやを剥いていた嵐晶が口を挟む。

「なに溜息ばっかついてんのよ。ぬか床混ぜるのでも忘れたの?」

 思わずズル、と脱力する。

「あの、私ぬか床しか悩みないように見える?」

「だってあんた、色男より五徳包丁に関心のある女でしょ」

 五徳包丁は確かにすごい。だけどその言いようはないのでは。


「ねえ、もし、自分よりずーっと目上の人に、そばにいてって言われたらどうする?」

「なにそれ。目上の人ってだれ」

「例えばだって」


 嵐晶はうーん、とうなる。

「どういう意味かによるわね」

「ん?」

「恋愛的な意味とは限んないじゃない」

「……ハッ!」


 玉葉は目を見開いた。なるほど、そうか。きっと、紫苑が言いたかったのはこうだ。

「ずっとそばに(料理人としてうどんを作って)いてくれ」

「うどんか!」

「は?」

「なあんだそっか、あはは、うどん、うどん!」

「……あんた大丈夫?」


 急に明るくなって「うどん」を連呼する玉葉に、嵐晶が怪訝な顔をする。

「大丈夫大丈夫、薪とってきまーす」

 背後に訝しげな視線を感じながら、玉葉は厨房を出た。


「よいしょ」

 薪を背負子で担ぎ、厨房への道を戻る。ふと見ると、紫苑が白姫と歩いていた。まさしく美男美女だ。こちらを見た紫苑が、ハッとしたように動きを止めた。白姫が視線をよこして、眉を上げる。


「あら、玉葉。薪を担いだ姿がお似合いね」

「こんにちは」


 こちらを見る紫苑の瞳が切なげに見えて、胸の奥がちり、と痛んだ。

「玉……」

「あ! わ、私練り物作らなきゃならないんでした! じゃっ」

 玉葉は声をかけてきた紫苑から目をそらし、慌てて歩き出す。足の痛みはほとんどなくなっていた。代わりに胸の奥がじりじりと痛む。


「私はうどん、私はうどん……」

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ唱える。玉葉、と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、いや違う、私はうどんよ、と思いなおす。


「玉葉」

 ぽん、と肩を叩かれた。

「わあっ」

 びくりとして振り向くと、紫苑が立っていた。白姫を振り切ってきたのだろうか、玉葉と話をするために? 王はこちらを見つめ、緑の混じった黒い瞳を揺らす。

「その……先日のことだが」


 先日の――口づけされそうになったことを思い出し、玉葉は顔を熱くする。あれはきっと何かの間違いだったのだ。そうに決まっている。そうでないと困るのだ。


「は、はい、わかってます、私はうどんですから!」

「は?」

「白姫さまとお幸せに!」

 玉葉はそのまま駆け出した。



 残された紫苑は、「うどん……?」と不思議そうに呟く。なにかの暗号だろうか。玉葉はたまによくわからないことを言う。考え込んでいると、背後から、ぱたぱたと可愛らしい足音が聞こえてきた。息を切らしながら、白姫が隣に立つ。


「陛下、待ってくださいませ」

「ああ、すまない」

「でも嬉しいですわ、陛下が私を散策に誘ってくださるなんて」

「うん」


 紫苑はじ、と白姫を見つめた。白姫が赤くなって目を伏せる。可愛らしい少女だ、と思う。だがそれ以上の感情は湧き上がらない。思い出すのは、うどんの香り。荒れた手。髪紐すらつけていない、お団子頭。


「君に、言わなくてはならないことがある」

「まあ……なにかしら」

「君とは結婚できない」


 白姫が目を見開いた。そうすると、大きな瞳が零れ落ちそうになる。

「ど、どういうことですか」

「父上には後々話す」

「お待ちください」


 歩き出そうとした紫苑を、白姫が引き留めた。先ほどまでとは違い、厳しい顔つきをしている。


「陛下、私の家を敵に回すということがどういうことかわかっているのですか」

 愛娘の婚約を反故にされ、あの男が黙っているとは思えなかった。ただでは済まないだろう。


「……ああ」

「あの娘に釣られたのですか、あのうどん娘に!」

「ああ、釣られた。それで振られた」

「はい!?」


 紫苑は口元を緩めた。

「無理、と言われた」

「へ、陛下に対してなんという」

「だが、玉葉の、そういうかざり気のなさに私は惹かれたのだ。たぶん出会った時から、そうだったのだと思う」

「……っ」


 歯噛みした白姫に、紫苑は

「すまないな、百姫」

 と言った。

「白姫ですわ!」

 背後から聞こえてきた声に振り返らず、紫苑は歩いて行った。


 清風殿に向かうと、蓮宿が茶を飲みながらため息をついていた。疲れているのか、眉間をしきりに揉んでいる。こん、と戸を叩くと、こちらを振り向く。

「陛下」

「胃は大丈夫か?」

「はい、なんとかね」


立ち上がろうとした蓮宿を留め、彼の隣に座る。

「それで、何か急な用でしたか」

「おまえに謝らねばならないことがある」


 蓮宿は目を瞬き、さあっと青ざめた。椅子から素早く立ち上がる。

「っま、まさか」

「白姫に、結婚はできないと話した」


 いつもはしゃきっとしている彼が、へなへなと座り込んだ。眉間を押さえながら呻く。

「……なぜ事前に相談してくださらないのです」

「だって話したら反対するだろう?」

「あったりまえでしょうが! ああ胃が痛い……」


 蓮宿は茶を飲みほし、ふー、と息を吐く。

「……で、まさかあのうどん娘を妻にするとか言い出しませんよね」

「いや、振られたからな」

「振ら……なぜ」

 蓮宿は何かいいかけ、口ごもる。


「それだけは無理、だそうだ」

「えらく辛辣ですね」

「そうか? はっきり言われてすっとした」

「なのに、白姫との婚姻を蹴るんですか」

「私には選ぶ権利はないと思っていた」


 紫苑は舞い込んできた花びらをつまみながら呟く。

「決められた娘と婚姻し、世継ぎを作る。それが私の義務だと」

 だが。

「玉葉に、もっと欲しがっていいと言われた。わがままを言えと」

「……あきらめたわけではないと?」

「玉葉が振り向いてくれるかはわからん」


 花びらが、指先から落ちる。

「だが、玉葉が花嫁でいる間は、彼女だけを見つめたい。だめか?」

「だめも何も、もう白姫に話してしまったなら手遅れでしょう……」

 蓮宿は呻きながら、半紙を引き寄せる。


「そうなったからには穏便に済まさねば……相手は藤家、中州一の豪族ですので。怒らせたら大変なことになりますよ」

「ああ……すまんな、蓮宿」

「まあ、なんとなくこうなる気はしていました」

 蓮宿は肩をすくめ、筆を墨に浸した。

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