お参りにはお団子です。
紫苑を厨房へ連れていくと、ちょうど嵐晶が包丁を研いでいた。こちらに気づいて笑顔を向けてくる。
「あ、玉葉おかえりーって、へ、陛下!?」
「邪魔をする。ええと、らん、らん」
「嵐晶です」
「ああ、それ」
それ呼ばわりされた嵐晶は、だが慌てて場を空ける。ちらちらとこちらを見ている顔には、どうして陛下が、と書いてあった。本当は王に料理させるなど、許されないことだ。だが嵐晶は義理堅いから、黙っていてくれるだろう。
玉葉は嵐晶を目で拝み、紫苑に向き直る。
「白玉団子を作りましょう。あっ、というまにできますから」
「うん」
「その前に、着物が汚れないように」
玉葉は紫苑の袖をまくった。シミひとつない肌に、はあ、と感嘆する。――花見船で見た手は、やっぱりこの人の手だったんだ。
「陛下、手、というか肌……綺麗ですね」
「そうか?」
紫苑が玉葉の手を取る。
「君の手は、荒れているな」
「どうせガサガサですよー」
「だが、暖かい」
きゅ、と握り、自分の頬に当て、ゆるく笑んだ。
「私はこの手が好きだ」
嵐晶が赤面しながらこちらを見ている。
「〜っ」
なにそれなんなの恥ずかしくないの!?
ばっ、と手を振り払い、勢いこんで言う。
「さ、さあ、白玉団子、作りますよっ!」
白玉団子の作り方はごくごく簡単だ。白玉粉に水を入れて、耳たぶくらいの硬さになるまでころころ丸め、親指で押す。それをお湯に入れる。その動作を繰り返しつつ、紫苑がうれし気に言う。
「これは楽しいな。泥団子作りを思い出す」
「よかったです。これ、母と初めて作った料理なんですよ」
「君の母上は、どんな人だ?」
「そうですね、料理は下手ですね。まともに作れるのは白玉団子くらいかな」
「そ、そうなのか」
「だから私、料理初めたんです。母の料理に命の危機を感じて」
「なるほど。じゃあ母上に感謝しなくてはな」
「え?」
こちらを見て、緑がかった黒い瞳が緩む。
「母上の料理がうまかったら、君に出会えなかった」
じわじわ頬が熱くなる。どうしてこう恥ずかしいことばかり言うんだろう、この人は。
「あ、あんこも作りましょうか! 一緒に食べると美味しいんですよ」
真っ赤になって小豆を取り出す玉葉を見て、紫苑がふ、と笑った。
★
完成した団子を持って、玉葉と紫苑は墓へと向かう。
藍妃の墓は、宮中の端にあった。先王たちの墓とは、だいぶ離れている。墓の周りには草が生え放題で、お世辞にも手入れされているとは言い難い。
玉葉はできるだけ墓の周りを綺麗にし、持ってきた花と団子を備えながら、
「なんだか、人が寄り付かなさそうですね」
「ああ。祭事場にある祭壇には祀られて、儀礼的にそれを拝むことはするが、墓には誰もこない。多分骨が埋まっているせいで、近づくと呪われるんだと思われてる」
来年からは祭壇もなくなる。緑がかった黒い瞳は、じ、と墓を見つめていた。
「陛下の命令なら、来年からも祀ることができるのでは」
「いや、それはしないと決めた。みなが嫌がるなら、するべきではないだろう? 母は大罪人だ」
どうしてこんな風に、何もかも諦めたみたいな目をするんだろう。何もかも手に入れられる立場のはずなのに、どうして何もほしがらないのだろう。玉葉は立ち上がり、拳を握り締める。
「……そんなの、関係ないです」
「玉葉?」
「陛下は王様なんだから、もっとわがままを言っていいと思います!」
そう叫ぶと、緑がかった黒い瞳が緩んだ。
「……色々迷惑をかけているのに、私の心配をしてくれるのか。君は優しいな」
玉葉は首を振った。もどかしくて、切なかった。
「優しいのはあなたでしょう、もっと、したいこととか、ほしいものとか、言ってください。私にできることならしますから」
紫苑がふ、と表情を変える。
「……いって、いいのか?」
「え」
立ち上がった紫苑に、身じろぎする。大きな手が、玉葉の手を包み込む。見つめられ、玉葉は目を泳がせた。
「へ……へいか?」
このままずっと、とつぶやく。
「私のそばにいてくれないか」
どくん、と心臓が鳴った。このままずっと。つまり、本当の花嫁に。
頰を、掌が滑り落ちる。長い指先が、すっ、と唇をなぞった。こちらを見つめる、緑がかった黒の瞳。端正な顔が近づいてくる。長いまつ毛がまぶたに触れた。唇が、触れ合いそうになる。吐息を、感じた。
──一年後には、別れてください。陛下には、後ろだてが必要なのです――蓮宿の言葉が、蘇る。あなたはただの──料理人だ。
どんっ。手のひらで、紫苑の体を押した。
「あ、の」
ぎゅ、と目を瞑る。
「それだけは無理、です!」
紫苑がどんな顔をしているかわからないまま、玉葉は叫ぶ。
そのまま踵を返し、走り去った。




