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さくらの花嫁  作者: あた
本編
20/32

お参りにはお団子です。

 紫苑を厨房へ連れていくと、ちょうど嵐晶が包丁を研いでいた。こちらに気づいて笑顔を向けてくる。

「あ、玉葉おかえりーって、へ、陛下!?」

「邪魔をする。ええと、らん、らん」

「嵐晶です」

「ああ、それ」


 それ呼ばわりされた嵐晶は、だが慌てて場を空ける。ちらちらとこちらを見ている顔には、どうして陛下が、と書いてあった。本当は王に料理させるなど、許されないことだ。だが嵐晶は義理堅いから、黙っていてくれるだろう。


玉葉は嵐晶を目で拝み、紫苑に向き直る。

「白玉団子を作りましょう。あっ、というまにできますから」

「うん」

「その前に、着物が汚れないように」


 玉葉は紫苑の袖をまくった。シミひとつない肌に、はあ、と感嘆する。――花見船で見た手は、やっぱりこの人の手だったんだ。

「陛下、手、というか肌……綺麗ですね」

「そうか?」

 紫苑が玉葉の手を取る。

「君の手は、荒れているな」

「どうせガサガサですよー」

「だが、暖かい」


 きゅ、と握り、自分の頬に当て、ゆるく笑んだ。

「私はこの手が好きだ」


 嵐晶が赤面しながらこちらを見ている。

「〜っ」

 なにそれなんなの恥ずかしくないの!?

 ばっ、と手を振り払い、勢いこんで言う。

「さ、さあ、白玉団子、作りますよっ!」


 白玉団子の作り方はごくごく簡単だ。白玉粉に水を入れて、耳たぶくらいの硬さになるまでころころ丸め、親指で押す。それをお湯に入れる。その動作を繰り返しつつ、紫苑がうれし気に言う。


「これは楽しいな。泥団子作りを思い出す」

「よかったです。これ、母と初めて作った料理なんですよ」

「君の母上は、どんな人だ?」

「そうですね、料理は下手ですね。まともに作れるのは白玉団子くらいかな」

「そ、そうなのか」


「だから私、料理初めたんです。母の料理に命の危機を感じて」

「なるほど。じゃあ母上に感謝しなくてはな」

「え?」

 こちらを見て、緑がかった黒い瞳が緩む。

「母上の料理がうまかったら、君に出会えなかった」


 じわじわ頬が熱くなる。どうしてこう恥ずかしいことばかり言うんだろう、この人は。

「あ、あんこも作りましょうか! 一緒に食べると美味しいんですよ」

 真っ赤になって小豆を取り出す玉葉を見て、紫苑がふ、と笑った。





 完成した団子を持って、玉葉と紫苑は墓へと向かう。

藍妃の墓は、宮中の端にあった。先王たちの墓とは、だいぶ離れている。墓の周りには草が生え放題で、お世辞にも手入れされているとは言い難い。


 玉葉はできるだけ墓の周りを綺麗にし、持ってきた花と団子を備えながら、

「なんだか、人が寄り付かなさそうですね」

「ああ。祭事場にある祭壇には祀られて、儀礼的にそれを拝むことはするが、墓には誰もこない。多分骨が埋まっているせいで、近づくと呪われるんだと思われてる」


 来年からは祭壇もなくなる。緑がかった黒い瞳は、じ、と墓を見つめていた。

「陛下の命令なら、来年からも祀ることができるのでは」

「いや、それはしないと決めた。みなが嫌がるなら、するべきではないだろう? 母は大罪人だ」


 どうしてこんな風に、何もかも諦めたみたいな目をするんだろう。何もかも手に入れられる立場のはずなのに、どうして何もほしがらないのだろう。玉葉は立ち上がり、拳を握り締める。


「……そんなの、関係ないです」

「玉葉?」

「陛下は王様なんだから、もっとわがままを言っていいと思います!」


 そう叫ぶと、緑がかった黒い瞳が緩んだ。

「……色々迷惑をかけているのに、私の心配をしてくれるのか。君は優しいな」

玉葉は首を振った。もどかしくて、切なかった。

「優しいのはあなたでしょう、もっと、したいこととか、ほしいものとか、言ってください。私にできることならしますから」


 紫苑がふ、と表情を変える。

「……いって、いいのか?」

「え」

 立ち上がった紫苑に、身じろぎする。大きな手が、玉葉の手を包み込む。見つめられ、玉葉は目を泳がせた。


「へ……へいか?」

 このままずっと、とつぶやく。

「私のそばにいてくれないか」


 どくん、と心臓が鳴った。このままずっと。つまり、本当の花嫁に。


 頰を、掌が滑り落ちる。長い指先が、すっ、と唇をなぞった。こちらを見つめる、緑がかった黒の瞳。端正な顔が近づいてくる。長いまつ毛がまぶたに触れた。唇が、触れ合いそうになる。吐息を、感じた。


 ──一年後には、別れてください。陛下には、後ろだてが必要なのです――蓮宿の言葉が、蘇る。あなたはただの──料理人だ。


 どんっ。手のひらで、紫苑の体を押した。

「あ、の」

 ぎゅ、と目を瞑る。

「それだけは無理、です!」

 紫苑がどんな顔をしているかわからないまま、玉葉は叫ぶ。

 そのまま踵を返し、走り去った。

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