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さくらの花嫁  作者: あた
本編
19/32

そんな顔しないでください。

 蓮宿と別れ、薪を取りに向かう。薪を傍らにかかえ、とぼとぼ歩いていくと、ふつふつ怒りが湧き上がってきた。


「……なによ、あの言い方は」

 忘れてなどいない。自分は仮の花嫁だし、陛下の本当の相手は白姫なのだ。そんなことわかってるのに。

「大体私は花嫁になりたいなんて一言も言ってないし! 優雅に詩を作ったり刺繍したりとか無理だし!」


 薪を厨房の裏に置いて、息を吐く。だんだん、頭が冷えてきた。なにをムキになってるんだろう。蓮宿の言ったことは当たっている。


 ──家柄も容姿も教養も──玉葉には何もない。自分はきれいなお姫様じゃない。

 自分の手をじっと見る。かさかさで、ささくれもある。綺麗とは言い難い手。


 こんな手で、陛下の花嫁を名乗るなんて不自然だ。なぜか胸が痛くなった。きゅ、と手を握りしめる。


「仕事、しよう」

 厨房の裏手から出て、中に入る。作業をしていた星料理長が声をかけてきた。

「どうしたんだい、水害にあった稲作農家みたいな顔して」

「いえ、なんでも……」

 玉葉は彼の手元を見て、わあ、と感嘆する。


 飛雄が作っていたのは、包丁を使った飾り細工だ。大根が、ちゃんと鶴に見える。羽の様子が、細かく刻むことで表現されていた。玉葉はそれをしげしげと見つめる。


「すごい……本物の鶴みたい」

「はは、玉葉も練習すればできるよ」

 なんだかんだ言って腕はあるのだ、この人は。

「これ何に使うんですか?」

「もうすぐ藍王妃の命日だからね。祭壇に飾る用の細工だよ」

「陛下の、お母様の……」


 玉葉の表情が曇ったのを見て、飛雄が口を開く。

「冷害にあった小麦農家みたいな顔は似合わないよ、玉葉」

「例えがよくわかりませんが……料理長は、陛下のお母様にお会いしたことはありますか」


「ああ、あるよ」

「どんな方、でしたか」

「食べ物を粗末にする女」

 飛雄らしからぬひやりとした声に、玉葉は息を飲む。


「お膳をひっくり返されたのは一度や二度じゃない。いくら美女でもあんなことをする女性はどうかと思うよ」


 切った野菜のかけらがパラパラ落ちる。よどみなく細工をほどこしながら、飛雄はいつもの甘い口調に戻って言う。


「まあ、病気だったんだろうけど。愛が不足していたのかもしれない。気づいていたら僕がいくらでも与えて差し上げたのに」

「その発言はアウトですよ、料理長」


 どこまで本気なんだ、この人は。

「でも生前の話だからね。死者に鞭打つつもりはないよ」

 そうだ、どんな人物だったとしても、王である紫苑の母上に変わりはない。弔わなければならない。


「私も手伝ってよろしいですか」

「いいよ。初めての共同作業だね」

「紛らわしい発言やめてください」

 玉葉はそう言って包丁を持った。


 完成した細工ものを見て、玉葉はほう、と息を吐いた。大根で作った鶴が、赤カブで作った蓮の間を踊っているという構図だ。丸みを帯びた花びらが、まるで本物のように見える。


「素晴らしいですね」

「自画自賛?」

「ほとんど料理長が作ったんじゃないですか」

 彼はあまりもので作った薔薇を差し出してきた。

「尊敬してくれていいよ。そしてその感情を愛に変えてくれて構わない」

「いやそれはないんで」

 この寒い言動がなければな。


 これだけ見事な細工だ。紫苑が見たらきっと喜ぶだろう。

「今から陛下を呼びに行かれるんですか?」

「ああ」

「私、ちょっと探してきます」

 厨房を出て、歩いていく。白姫に会いに行ったのなら後宮にいるのかと思ったが、北棟に艶のある黒髪は見当たらなかった。念のため白姫に尋ねる。


「陛下? 来ていないわよ」

 白姫はそう言って、

「一体何の用で探しているの」

 訝し気な目を向けてきた。

「いえ、細工物が仕上がったので見ていただきたくて」


 一礼し、その場を去ろうとしたら、ぴしりと声が飛んできた。

「待ちなさい」

 白姫は扇子を口元に当て、目を細めてこちらを見た。


「あなた、自分の立場をわかってるんでしょうね」

「立場、ですか?」

「そう。まさか陛下の寵愛を受けられるなんて思ってないわよね、たかが料理人が」


 蛍雪が気づかわしげにこちらを見ている。

「そんなこと思ってません。私は「うっかり」花を受け取っただけですから」

「よくわかってるじゃない」


 白姫は美しい髪を揺らしながら、玉葉の周りをゆっくり歩いた。ひた、と扇子が首筋に突き付けられる。

「陛下の花嫁は私なの。忘れないで頂戴」


 そんなこと、言わなくてもわかっているのに。玉葉は固い声で、はい、と答えた。白姫はふん、と鼻を鳴らし、

「行っていいわ。陛下によろしくお伝えして。お父様は私が傷つくようなことはけして許容しない、と」


 黙って頭を下げ、玉葉は歩き出した。足が重いのは、きっと怪我のせいだけではない。この重苦しさを、紫苑はいつも味わっているのだろうか。


 ほかに紫苑がいそうなところ。流水殿、それから──荘園の東屋。ああ、やっぱりいた。東屋に座る王を見て、玉葉は手を上げる。


「陛下……」

 声を出しかけ、止める。紫苑は目を閉じていた。片手を握りしめ、何かに耐えるように、じっと。ふいに、長いまつ毛が揺れ、黒い瞳が開く。


 こちらを見た紫苑が、ぱ、と笑顔になった。いそいそとよって来る。玉葉を見下ろし、首を傾げた。


「玉葉、どうかしたのか? お腹が空いた栗鼠みたいな顔をしている」

「あ、の……陛下、以前、この場所には寄りつかなったとおっしゃっていましたよね」

「ああ」


 紫苑がふ、と笑った。

「私が来ると、父は嫌がったから」

「……!」


「とある理由で、三年間離宮に住んでいてな……。荘園で、父と側室が茶をしていると寄りつけなかった」

 まあ、あまり話すべきこともなかったが。そう言った紫苑の瞳は、悲しみには染まっていない。ただ、何かを諦めているような目だった。


「昔、幼い頃、母に泥だんごを作ったことがある。母は美味しい、と言って食べるふりをしてくれた。綺麗な手が泥で汚れても、笑っていた」


 まあ、乳母には叱られたが。紫苑は言う。

「母は、罪を犯し幽閉された。みな、彼女を呪われていると言った。関わると呪われると。父も」

 確かに、母は異常だった。


「彼女は父たちとは違う墓に入れられた。仕方がない。それだけのことをしたんだ」

 それで、と紫苑がつぶやく。

「今回限りで、貴人として弔うことは、もうしないと」


 死んでも、許されないのだな。母はもう、何もできないのに。呟いた紫苑が、こちらに視線を戻した。緑がかった黒い瞳が、揺れる。


「どうして泣くんだ」

 玉葉はにじんだ涙をぬぐった。

「ごめ、んなさい」

 紫苑は困ったようにこちらを見ていた。大きな掌が、頭を撫でる。

「泣くな。……君に泣かれると、困る」


 どうして玉葉が泣いているんだろう。泣きたいのは紫苑のはずだ。へいか、とよぶと、緑がかった黒い瞳がこちらを向く。玉葉は涙をぬぐい、ばっと顔を上げた。


「一緒にお団子を作りましょう!」

「え?」

「お母さんのお墓参り、行きましょう。お供え物も持ってかなきゃ」

「しかし……」

 紫苑が言葉を濁した。


「いやでは、ないのか? 私の母は……」

「お母様が何をしたか、聞きました。だけど、お墓があるなら参らなきゃ。そうでしょう?」

「……私でも、団子を作れるか?」

「大丈夫、簡単だから、誰だって作れます!」

 玉葉はそう言って、紫苑の手を握った。

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