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さくらの花嫁  作者: あた
本編
18/32

釘を刺されてしまいました。

 玉葉は、薪を取りにいくため、宮中を歩いていた。まだ頬が熱を持っている。天然すけこましとか言っちゃった……でも、本当のことだし。自分のことを詩にされるなんて恥ずかしい。しかも、まるで恋人みたいな表現をされて。


 ──まさか。

 自分は「うっかり」桜を渡されただけだ。今頃、紫苑は白姫と一緒にいるのだろうから。


 ぶんぶん首を振り、足の痛さを忘れ、足早に歩く。

 官僚たちの控えている、清風殿に差し掛かると、建物の陰からひょいひょい手招く腕を見つけた。

「……?」

 近寄って行くと、ぐい、と腕を引かれる。

「!?」


 こちらを見下ろしていたのは、端正な顔立ちにもかかわらず、眉をしかめているのが通常の男。

「あ、蓮宿さん」

「どうも、うどん嬢」

 あくまでもその呼び方を貫く気らしい。まあいいけど。うどんは素晴らしい食材だし。


「何かご用でしょうか」

 また苦情かな、やだな、そう思いながら尋ねたら、

「少し話があります。いいですか」

「はあ」


 立ち話もなんですのでこちらへ。そう促され、玉葉は清風殿に入る。

 部屋に入ると、お茶を出された。見たことのない、濃い色をしている。 


 ──なんか、あんまり飲みたくない。手をつけるのを躊躇していると、

「どうぞ」

 そう勧められては断れない。

「ありがとうございます」


 一口飲んだ玉葉は、ぶー、と噴き出した。思わずぺっ、と吐きながら言う。

「にがっ、何コレ!」

「胃にいいお茶です」

「いや、私胃は丈夫ですが」

「見るからにね。羨ましい限りです」


 苦々しげに言いつつ、蓮宿は茶を飲む。実際に苦くてたまらないはずなのだが……。もしや、このお茶の飲み過ぎで眉間にシワが寄ってしまったんじゃなかろうか。


 シワさえなければ、顔だちも端正だし、何せこの若さで高官だし、女性に騒がれそうだ。いや、玉葉が知らないだけで陰では騒がれているのかもしれないが。


 玉葉は口元をぬぐいつつ尋ねた。

「あの、お話って」

「昨晩のことで」


 サクバン。一緒に寝ただけなのに、なぜか玉葉は狼狽する。

「な、なにもありませんでしたよ!?」

「なにを焦ってるんです。それでは余計に怪しい」

「う」


 茶を置いて、蓮宿は言う。

「私から見ても、陛下はあなたを気に入っているように見える。しかし床を共にしてもあの方はなにもしないだろうと踏んだ。なぜかわかりますか」

「わ、私は仮の花嫁ですし」

「それもあるでしょうが……陛下は跡取りについて消極的な考えをお持ちなんです」

「え……」


「要するに下手に女に手は出さないということですよ」

「……の割にはなんか慣れてるっていうか」

「は?」

「な、なんでもないです」

「まあ教育は受けていますよ、王は万民の父ですから。なにも知らないでは困る」


 教育。めくるめく世界が脳裏に広がり、玉葉はぶんぶん頭を振る。

「跡取りを残したくないというのは、なぜなんですか?」


 蓮宿が眉をしかめ、

「あなた、本当になにも知らないのですね」

「す、スイマセン。料理以外のことにはうとくて」

 はあ、とため息をつき、

藍妃らんきを知っていますか」


 聞いたことのある名前だと思い、玉葉はこめかみに手を当てる。ええと、確か……。

「先王の御正室ですよね。陛下の母上」

 そうです、と蓮宿が言う。

「では、藍妃が呪われた王妃と呼ばれていたことは?」


「呪われた……王妃?」

「藍妃は、彼を王にするためにと、側室の子供たちに刺客を差し向け、殺しました。六人いた王子、果ては姫君までも」


 玉葉は目を見開いた。蓮宿は眉間を揉みながら言う。

「……どうやら、精神的に異常があったそうです。藍妃は幽閉され、病にかかり、亡くなりました」


 茶碗を揺らしながら、

「陛下は、先王が亡くなるまで疎まれ続けました。離宮においやられ、挨拶すら交わさなかった。三年間、ただの一度も。死を看取る瞬間だけ、お会いしたきり」

「そんな」


「……陛下は、一時期何も召し上がりませんでした。後宮の前に座り込み、子を失った側室たちに三日三晩頭を下げ続けていました」

 一口茶を飲み、蓮宿は続ける。

「衰弱して倒れた陛下は、以前に比べてよく食べるようになりました。そして人の名前や顔を覚えなくなった」


 桜の花びらが、風に舞い、茶に落ちる。窓の外に見える荘園を眺めながら、蓮宿は言う。

「花嫁をとるのもしぶっていた。もう、誰とも深くかかわりたくないのだと言っていました。自分に関わると、きっとみんな不幸になるからと」


 玉葉はのどを詰まらせた。拳をぎゅ、と握りしめる。その拳を見つめながら、口を開いた。

「なんで、私にそんな話を」


「陛下は、たった一度であなたの名前を覚えた」

 窓の外から視線を外した蓮宿は、じ、とこちらを見つめる。恒常的に刻まれている、眉間のしわが消えている。初めて蓮宿という人の本質が垣間見えた気がした。この人は、苦い言葉の裏で、紫苑を慈しんでいるのだ。


「私個人としては、陛下が誰かを求めることを祝福したい。ですが、呪われた王妃を母に持つ陛下を、王にふさわしくないという人間もいるのです」

「でもお母さんと陛下は、関係ないじゃないですか」


「王は世襲によるもの。血の繋がりが一番大事なのです。狂った母を持つ陛下は、やはり同じように狂う……即位したとき、そういう噂が流れました」

「そんなのひどい」

 玉葉は震える声で言った。


「陛下は後ろ盾がないまま王になった。ですから、宮廷内の派閥に負けないよう、大きな力が必要なのです」

「それが、白姫の……」

「ええ。彼女は家柄も容姿も教養も申し分ない。一方あなたは──ただの料理人」


 ああ、わかった。なぜ蓮宿がこの話をしたのか。釘を、刺すためだ。

「あなたには一年後、陛下と別れてもらわねばならない」

 それを忘れないでください。蓮宿はそう言った。

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