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さくらの花嫁  作者: あた
本編
17/32

大丈夫だから足はやめてください。

 楓奥殿ふうおうでんにて、詩会が開かれている。白姫と紫苑、詩人が中央に座り、隅には蓮宿と蛍雪が控えていた。紫苑は、紙を前に唸っている。全然何も思いつかない。もともと自分には詩心というものがないのだ。

「陛下、おできになりまして?」


 白姫はもうできたらしい。詩会の席では、相手方を待たせてはならない。風雅ではないからだ。詩人がちらちらと、こちらを見ているのがわかった。


「いや、まだだ」

 早くしなければいけないと焦るが、余計に言葉が出てこなくなる。と、その時、失礼いたします、という声がして、ふすまが開いた。お盆を手にした、お団子頭の少女が立っている。あっ、と内心で声を上げた。


 ──玉葉。

 蓮宿が口を開く。

「先にお菓子をいただいては?」


 紫苑のために時間をかせいでくれいてるのだ。今のうちに詩を作らなければ。そう思うのに、玉葉に意識がいってしまい、集中できなかった。まだ足は痛むようで、少し引きずりながらこちらへ来る。


 彼女が近づいてくるたびに、紫苑は胸がときめくのを感じた。今朝会ったばかりなのに、なぜこうも心が浮き立つのだろう。細身の少女に、駆け寄りたくてうずうずした。


 女官がお盆を引き取ったせいで、玉葉は中途で足を止める。そのまま下がろうとした玉葉に、白姫が声をかけた。


「お待ちになって」

 足を止めた玉葉に、白姫は座るよう促す。玉葉は躊躇しつつ腰を下ろした。正座をする際、少し痛そうに眉を顰める。足を崩していい、と声をかけようとしたら、蓮宿が首を振って見せた。


 なぜだ、白姫の気に障るから? そもそも、この詩会は彼女の「機嫌を取るため」のものだ。

 紫苑は人知れず、ぐ、とこぶしを握った。


 白姫はすました顔をしつつ、扇子で菓子を指さす。

「これはどういうお菓子なのかしら、初めて見たけれど」

「はい、せんべいを粉々に砕いて、米粉の団子につけて揚げたものです」

「せんべいを? なんだか不格好ね」


「今日の詩会のお題は「雲雀」という詩だと聞きました。私は無教養で、どういう詩か教えてもらって知ったのですが」

 照れたように笑う玉葉に、白姫は眉を上げる。

「あら、「雲雀」もご存じないの」

「ええ……でも、本当の雲雀なら見たことがあります。あまり美しい鳥とは言えません。だけど、鳴き声はかわいらしい」


 この菓子は、雲雀の見た目をイメージしたものです、と玉葉は言った。

「見た目は不格好だけど、食べてみると美味しい。そんなお菓子にしたくて作ってみました」


 紫苑は菓子を手に取り、一口食べた。せんべいの香ばしさと、団子の甘さが絶妙だ。

「うまい」

 そう言ったら、玉葉が笑った。紫苑も笑みを返す。白姫は面白くなさそうに二人を見比べ、

「ああ、そうだわ。せっかくだから、あなたも詩を聞いていかれたら?」

 立ち上がりかけていた玉葉が動きを止める。


「え?」

「今から陛下が詩を読まれるから」

「でも、仕事がありますので」

「あら、陛下の詩を聞いてる暇なんかないってこと? 随分な言いぐさですわね」


 玉葉は困ったような顔で座りなおした。やはり足が痛むのだろう、耐えるように唇をかんでいる。

 早く詩を作らねばならない。紫苑はそう思いながら筆をとった。



 詩会が終わり、白姫がこちらに近づいてくる。

「陛下、素晴らしい詩でしたわ」

「ああ、ありがとう」

 紫苑はそう返しつつ、視線を動かす。ちょうど、玉葉が足を引きずりながら、ひょこひょこ歩いていくところだった。

「すまない、後で」

「え? 陛下!」


 紫苑は白姫を振り切り、玉葉を追って楓奥殿を出た。お団子頭を追いかけていき、肩をつかむ。振り向いた玉葉が目を瞬いた。

「陛下?」

 へいかー、と白姫が呼ぶ声がした。とっさに玉葉の腕を引く。

「こちらへ」

「え、ちょっ」


 紫苑は手近にあった部屋に入って、ぱたんと扉を閉めた。へいかー? 白姫の可愛らしい声が、扉の向こうを通り過ぎていく。紫苑ははあ、と息を吐き、玉葉に囁いた。

「危なかった」

「むーむー」

「あ、すまない」


 真っ赤な顔でうめいている玉葉の口から手を離す。目が合うと、彼女は視線を泳がせた。

「し、白姫様、呼んでましたよ……」

「いい。後でとりなすから。それより、足を。ひどくしていないか?」

「大丈夫です、きゃ」


 細い背中と足に腕を回し抱き上げると、玉葉がもがいた。

「ちょ、お、降ろしてください!」

 長椅子に座らせ、着物の裾をめくる。足首に触れたら、びくりと肩を揺らした。


「っ」

「痛むのか?」

「いえ、別に」

「でも腫れている」


 熱を持った部分を指でなぞったら、またびくりとした。紫苑は女官を呼び、氷水と手ぬぐいを持ってこさせた。患部を冷やしながら言う。

「私のせいで、すまない」

「いえ、別に陛下のせいじゃ……」

「いや、私のせいだ。詩を作るのが下手なんだ」

「そうですか? 私は、陛下の作った詩、好きです」


 玉葉は、先ほど紫苑が作った詩を口ずさんだ。

「春の朝、ひばりと起きて君を見る」


 君は恋人のことですよね、と彼女は言った。ヒバリの声で起きて、恋人がまだ寝ているのを眺めている。ああそうか、そういう解釈もできるか。紫苑はそう思いつつ、

「あれは、単に今朝のことをよんだだけだ」

「え?」


「玉葉が可愛かったから、ただそれを表現しようと思って」

「じゃ、君って……」


 玉葉がみるみるうちに赤くなった。そうして叫ぶ。

「陛下の天然すけこまし!」

「すけ?」

 裾をなおし、慌てて立ち上がる。


「もう大丈夫ですからっ」

「え、でも」

「陛下は白姫様を取りなさないと、ねっ! 私は仕事に行きますから!」

 玉葉は真っ赤な顔のまま、ちょこちょこと部屋を出て行った。紫苑はそれを見送って、

「恋人か」

 つぶやいて、くすりと笑った。

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