表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらの花嫁  作者: あた
本編
16/32

さわやかな朝になにをするんですか。

 意識がまどろんでいる。段々覚醒していく感覚に、瞼を震わせた。雲雀が鳴く声が聞こえる。ああ、朝か。

 玉葉はん、と身じろぎをして、うっすら瞳を開けた。緑がかった黒い瞳が、じっとこちらを見つめている。綺麗な目だなあ……じゃなくて。

「へ、へいかっ」

「おはよう玉葉」


 至近距離で微笑まれ、その威力に息を止める。いま、生まれたばかりの細胞が死んだ気がする。死因は眩しさ。

「お、おはようございます」

「君の寝顔はとても可愛い。いつまででも見ていられる」

「っ」


 で、出た。紫苑の言葉には星料理長とは違う恥ずかしさがある。多分天然なんだ、この人は。料理長は計算でやってる。でなきゃホントに引く。

「庶民をからかうとバチが当たりますよ!」

「からかってなどいないぞ」

「あー爽やかな朝だなー!」


 玉葉はごまかすべく襖を開け、伸びをした。ザアアア……って、まだ雨降ってるし! ちっとも爽やかじゃないし!

 紫苑が背後にふ、と立ち、玉葉の髪を撫でながら耳元に囁く。

「照れているのか? 可愛いな、玉葉」


 その瞬間、許容量が限界に達した。脳内で細胞たちがのたうち回る。ギャアアア、ハズカシイヨー! ダレカタスケテー!

「だあああ、着替えるのでお帰りください!」

 玉葉は紫苑を部屋から追い出した。ふすまに背をつけ、ぜいはあ息を吐く。


「こ、殺される……」

 耐えきれない。野菜としか付き合ったことのない自分にはあまりに刺激が強い。卓上の手鏡に映った自分の顔が真っ赤で、慌てて頰を叩いた。制服に着替え、卓の上に目を向けた。


「あ、桜の水替えなきゃ」

 玉葉は花瓶を取り上げ、しげしげと桜を見た。

「なんか、色が濃くなった気がする」

 最初はもっと白っぽかったのに。花瓶を持ったまま部屋を出ると、紫苑が縁側に立っていた。雨を眺めていた物憂げな瞳が、こちらに向かう。


「支度が済んだか」

「ま、まだいらしたんですか」

 頼むから帰って。漆黒の髪、緑がかった美しい黒の瞳。こんなにきれいな人と一緒に寝ていたのかと思うと、直視できない。


「さくら、大事にしてくれているのだな」

 黒い瞳は、玉葉が抱えている花瓶に向かっていた。

「こ、これは、アレです。粗末にすると祟られるから!」

「そうか」


 紫苑はうんうんと満足げにうなずいている。なぜ嬉しそう……? ふと、ぞくっとして振り向いた玉葉の目に、白姫が映った。

 柱にすがりつき、ぎりぎりと歯噛みしながらこちらを見ている。呪、という字が額に刻まれていそうだった。


「ひっ」

 思わず後ずさる。

「どうした?」

「い、いえ、私先に行きますねっ」

 玉葉は花瓶を抱え、足を引きずりながらその場を離れた。



 逃げられてしまった。紫苑は少し気落ちしながら清風殿に向かって歩いていた。

 でも、玉葉の寝顔は可愛かった。「へいか、残しちゃだめですむにゃむにゃ」という寝言も可愛かった、と自然に頰が緩む。

 自室にて着物を着替え、執務室に入ると、蓮宿が寄ってきた。


「……ずいぶんすっきりしたお顔をされていますね」

 じろじろこちらを見る瞳はいぶかしげだ。

「そんな顔をするな。別に何もなかったぞ」

 と言いつつ、頬が緩む。


「の割には楽しそうですね」

「疑うなら玉葉に聞けばいいだろう。実に健全な眠りだった」

「本当ですかね……『健全』に眠るあなたを、あまり見たことがないもので」


 紫苑はふ、と口元を緩めた。四年前に即位した折から、蓮宿はそばについている。紫苑の夢見が悪いことも、そのわけも知っている。

彼は心配性だ。そして他人を心配した分だけ、また胃を痛める。


「心配するな。以前ほど寝つきは悪くない」

 もう、ずっと前のことだから。薄墨色の瞳がじ、とこちらを見て、

「そうですか。……それなのに、と言うべきか、ひとつ議題が」

「なんだ?」

「あなたの、お母上のことで」


 一瞬、胸が苦しくなる。息を吸い込んで、吐いた。

「──聞こう」

 蓮宿の言葉を、紫苑は目を伏せて聞いていた。



 玉葉は井戸水をくみ上げ、花瓶にそそいでいた。枯れない桜とはいえ、植物だから水は必要なのだ。ふう、と息を吐いていると、声をかけられた。

「ちょっと」


 振り向くと、蛍雪を伴った白姫が立っている。ああ、朝から文句を言われるんだろうか……。覚悟しつつ、無理に笑顔を浮かべる。

「おはようございます、白姫様」


 白姫はおはよう、と返し、扇子を開いて、口元にあてた。その瞳が、玉葉の足元に向かう。なんだろう。靴を左右逆にでもはいていたっけ? 確認したが、そんなことはなかった。


 白姫は扇子をはためかせながら、

「今日、楓奥殿で詩会があるの。茶菓子を用意してちょうだい。時は鐘五つ。」

「詩会、ですか」

「ええ。お題は「雲雀」よ。ふさわしい菓子をお願い」

「はあ」


 白姫はつん、と顎をそらし、黒髪を揺らして歩いていく。蛍雪はこちらに礼をし、白姫についていった。

「雲雀……」

 ちょうどそのとき、雲雀がピーヒョロロロ、と空を飛んで行った。


「雲雀の形の菓子を作れってことかな……」

 料理人は時に菓子も作るが、玉葉はあまり複雑な菓子を作った経験がなかった。

「料理長に相談しようかな」

 あまり時間がない。急がないと。



「菓子?」

「はい。白姫さまに頼まれまして。雲雀の菓子を作ってくれって」

 事情を話すと、飛雄が苦笑した。


「それは、「雲雀」っていう詩を題目にした詩会だ、って意味だと思うよ」

「ひばり?」

「有名な詩だけど、知らないの?」

「料理以外のことはうとくって」

「それじゃいけないな、玉葉」


 彼は布を濡らし、蒸篭せいろにかぶせながら言う。

「一流の料理人は、いろいろなことを知っていなければならない。すべての道は料理に通ず、だよ」


 玉葉は肩をすくめた。普段はみょうちくりんな言動を繰り出しているのに、時々こうやってもっともなことをいうのだ。ほんとに変な人。

「すいません」

 殊勝に頭を下げると、

「そう、例えば愛について」

「はい?」


「料理は愛だよ。多少のところまでは技術でなんとかなるけれど、愛がなければ美味しいものは作れない」

 玉葉ははあ、と返事をした。なんだかぴんとこない。

「もちろん愛については僕が教えてあげるから安心していい」

 玉葉はああ来た、と思いながらきっぱりと返す。


「それは結構です。「雲雀」について教えてください」

なんだつまらないな。飛雄はそう言い、

「私は雲雀のようには空を飛べないが、君への思いだけは飛んで行ってほしい。遠くへ行ってしまった恋人をおもう詩だよ」

「恋の詩ですか」


 玉葉はうーん、とうなった。経験がないので、なんともいえない。


「料理長―、味見お願いします」

 せんべいをかじりながら、春麗が言う。

「春麗、またおせんべいを食べてるのかい」

「料理長も食べますう? 美味しいんですよ、金花堂きんかどうのおせんべい」

 玉葉は、春麗がかじっているせんべいを見てはっとした。


「あっ!」

「へ?」

「ちょっと、そのおせんべい一枚ちょうだい」

 玉葉は春麗からもらったせんべいをすり鉢に入れ、麺棒で砕き始めた。

「うりゃあ!」


 ガンガンと響く音に、周囲は何事かと視線を送る。春麗はせんべいを飲み込み、

「何してんの、玉葉」

「本当に僕の玉葉は珍味だね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ