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さくらの花嫁  作者: あた
本編
14/32

床入りなんて無理です。

 その夜、夜食を持って白姫のところに向かうと、彼女はよよよ、と悲嘆に暮れていた。

「ああ〜、辛くて死んでしまいそう〜、夜食なんかとても食べられないわ」

 蛍雪が困ったように頭を下げる。

「ごめんなさい、姫様はずっとこんな調子で」

「ずっとですか」


「あ、でも三食ちゃんと食べておりますのでご心配なく」

 笑みを浮かべ、指を三本立てた蛍雪に、白姫が涙声で叫ぶ。

「蛍雪、あなたはどちらの味方なの!」

「姫様、玉葉さんにあたっても仕方ないでしょう? お気をしずめてください」

「しずまらないわよ。末代まで祟ってやるう!」


 枕を投げつけられ、玉葉は慌てて退散した。白姫の怒りはもっともなので、玉葉を責めるのは構わないのだが。


 ──どうしよう。夜食が無駄になってしまう。とりあえず姫様が落ち着いたくらいにまた来ようか……そう考えていたら、襖が開いた。部屋から出てきた蛍雪が、お盆を指差して言う。

「お夜食、私がいただいてもいいかしら」

「あ、はい、もちろんです」


 二人は縁側に座った。蛍雪は器をのぞき込み、

「これは、蒸し物かしら」

「はい、里芋と小海老のしんじょです」

「美味しそうね」


 ちょうどお腹が空いていたの。そう言って箸を持つ様も上品だ。まるでどこかの姫君のようである。彼女は一口食べておいしい、と微笑み、

「ごめんなさいね。姫様も不安なの。あなたに陛下を取られるんじゃないかって」

「そんな、私はうっかり桜を渡されただけですから」

「うっかりでもうらやましいわ。陛下は素敵な方だもの」


 私も素敵な殿方からうっかり花を渡されたい。いたずらっぽく言う蛍雪に、

「蛍雪さんって、綺麗だし優しいし、お嫁さんにしたいって方たくさんいるんじゃないですか?」

「ううん、全然。昔、縁談が持ち上がったけどなくなってしまったし」


 蛍雪は、やれやれ、という顔で微笑む。

「姫様の守りで精一杯」

「なんか、もったいない」

「結構楽しんでいるのだけどね。なれると姫様もかわいらしい方なのよ。玉葉さんこそ、料理上手でいいお嫁さんになりそう」

「はは……」


 玉葉は力なく笑った。料理以外にはうとい玉葉は、浮いた話がまったくない。少なくともこの一年は無理そうだ。ふと、蛍雪の瞳が玉葉の足首に向かった。


「あら、足どうしたの」

「ちょっとひねってしまって」

「大丈夫?」


 心配げに眉をひそめた彼女に、首を振って見せる。

「大したことないですから。あ、食べて下さってありがとうございます」

「こちらこそ、ごちそうさまでした。とても美味しかったわ」

 蛍雪は淡雪のような微笑みを浮かべた。



 玉葉はお盆を下げ、片付けを終えて自室に戻った。寝巻きにきがえてふう、と息をついく。なんだか今日は、いろいろあって疲れた。陛下には明日、改めてお礼を言わないとな。

 さあ寝るか、と布団をめくると、失礼します、という声が聞こえ、から、と襖が開く。現れた女官がしずしず頭を下げ、こう告げた。


「玉葉様、陛下がお見えです」

「……へっ?」

 思わず間抜けな声が出る。女官の背後から、美青年がひょい、と顔を出した。

「玉葉」


 微笑んだ王に、慌てて頭を下げる。紫苑が部屋に入ると、ふすまがパタン、と閉められた。紫苑はずいぶんと軽装だった。というよりも、おそらく寝間着だろう。


「陛下、どうされましたか」

「足は大丈夫か?」

「ええ……」

 まさかそんなことを尋ねに来たのだろうか。

「君に頼みがある」

「はい、何でしょう」


 夜食の献立、なにか食べたいものがあるのだろうか――そう思い、帳面を取ろうとした玉葉の耳に、とんでもない言葉が飛びこんできた。

「私と床入りしてくれぬか」


 ぱさ、と帳面が落ちる。

「……ハイ?」

 玉葉はぎぎぎ、と振り返って紫苑を見た。とんでもない言葉が聞こえた気がしたのだ。

「い、いまなんと」

「床入りだ。といっても」

「無理です!」

 玉葉は勢いよくバツ印を作る。

「ぜっっったいに、無理!」

「……そんなに嫌か」


 紫苑がしゅん、と眉を下げた。捨てられた子犬のような目に、ずきずきと良心が疼く。

「そ、そんな顔しても駄目ですからね。大体私は一年だけの花嫁で」

「しかし、夫婦が一度も床を共にしないのは不自然だろう? 桜の呪いが発動するかもしれん」

 じりじり近寄ってくる紫苑から、玉葉は後ずさった。


「夫婦って、仮だし、だ、大体、蓮宿さんが許すわけ」

「蓮宿は渋々了承してくれた」

「えっ、うそ」

 玉葉の背中が、箪笥につく。間近に紫苑の顔がある。通った鼻筋、形のいい唇、美しい緑がかった黒い瞳……。

「で、でも、あの」


 視線をうろつかせていると、頰に手が触れた。

「……!」

「君は私が嫌いか?」

 緑がかった黒い瞳は、美しくきらめいている。その視線は妖力でもあるかのように、こちらの身体を固まらせた。なんでそんな目で見るんですか! 玉葉はぎぎぎ、と目をそらしながら、

「き、嫌いではない、ですが」

「じゃあ、いいだろう?」


 耳元に降った囁きに、体が震えた。頰を掌が滑り、目をぎゅっと閉じる。しかし、それ以上何も起こらない。恐る恐る目を開くと、紫苑が布団をめくっていた。ぺしぺしと、敷布団をたたく。

「さ、玉葉、おいで」

「え……」

「大丈夫、何もしない。何かしたら蓮宿の胃が大変なことになってしまうしな」

「は、い」


 玉葉は疑問符を頭上に飛ばしながら、布団に入る。行燈に手を伸ばし、明かりを消した紫苑が、同じく布団に入った。二人は触れ合わないぎりぎりの距離で並んで横たわる。

「おやすみ、玉葉」

 紫苑はそう言って目を閉じた。

 おやすみなさい……って寝られるか!

 なにこれ? 一緒に寝るだけで床入りって言えるの? いやよかったけど! むしろ何かされたらことだけど!

 玉葉はどくどく心臓を鳴らしながら、内心で暴れまわる。


 かすかな寝息、身じろぎと、背中に感じる体温。どこも触れていないのに、紫苑が隣で寝ているだけで、緊張して目が冴えてしまう。羊を数えよう。羊が一匹、羊が二匹……。必死に寝ようとすると、余計に神経が過敏になる。

 だめだ、逆効果だ!

「お水でも飲もう……」

 のろのろ起き上がると、隣に寝ていた紫苑が身じろぎした。


「……な」

「え?」

 呼ばれた気がして振り向くと、いきなり抱き寄せられたので、玉葉はギョッとする。

「ちょっ、へいかっ」

 もがきつつ顔を上げると、紫苑が苦しげな顔で目を閉じていた。四月だというのに、額に汗がにじんでいる。

「陛下……?」


 嫌な夢でも見てるんだろうか。そっと手を握ると、強い力で握り返された。よく見たら、形のいい唇がかすかに動き、うわごとのように何かを繰り返しているのがわかる。

玉葉は彼の口元にそっと耳をよせた。

「すまない、私の……せい、だ」


 聞こえてきたのは、誰かへの贖罪の言葉。いったい、なんの夢を見ているのだろう。玉葉は恐る恐る腕を伸ばし、そっと紫苑の背中を撫でた。

「大丈夫、ですよ……」


 長いまつげがぴくりと動き、かすかに瞳が開いた。その目が、玉葉の姿をとらえる。

「玉葉……?」

 今のは夢か、と紫苑がつぶやく。

「はい、夢です」

「よかった」


 ふ、と手を握っていた力が緩む。また寝息が聞こえ始める──よかった。玉葉はほ、と息をつき、再びまどろみに落ちていった。

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