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さくらの花嫁  作者: あた
本編
13/32

勝手に話をすすめないでください。

 足を引きずりつつ厨房に向かうと、嵐晶と春麗が寄ってきた。

「玉葉、あんた山で怪我してたんだって? 大丈夫?」

「ったくー、仕事押し付けられて怪我するとか要領悪すぎー」

 嵐晶は心配そうに、春麗はせんべいをかじりながら言う。


「あ、あはは……」

 玉葉はといえば、ぐうの音も出ない。

「あれ?」

 ふと見ると、夜食の仕度が整っていた。


「あれ、これ……」

「あ、それ私。感謝して。明日のおやつおごって」

 意気揚々と手をあげた春麗を、嵐晶はあきれた目で見る。


「あんたは隣で煎餅かじってただけでしょ……料理長が、玉葉が戻ってこないからかわりにやっとけ、って」

「っごめん」

 玉葉はさっと青くなり、二人に頭を下げた。


「私がやらなきゃいけないのに」

「しょーがないよ。おやつおごってくれればいいから」

「春麗、あんたね……」

 頭を上げた玉葉は視線をさまよわせた。

「料理長、どこにいる?」


 食材保管庫にいると聞き、慌ててそちらに向かう。飛雄は棚の前に立ち、食材の確認をしていた。玉葉は遠慮がちに声をかける。


「星料理長」

「ん? ああ、玉葉。おかえり」

 振り向いた飛雄が微笑んだ。


「すいません、私、できると言ったのに」

「謝らなくてもいいさ。僕としては厨房が回れば十分だから」

 ただし、と飛雄は続ける。

「君はもう少し賢い子だと思っていたよ。嫉妬されるのはわかりきっていただろう?」

「……ごめんなさい」


 星はシイタケ片手にふう、と息を吐き、

「僕が君ばかりを可愛がるから、小鹿ちゃんたちは怒ってしまったんだね」

「は?」


 近づいてきた飛雄から、玉葉は後ずさる。ケガしているせいで、じりじりとしか動けない。とん、と棚に背がついて、顔を引きつらせつつ問う。

「あの、料理の話ですよね?」

「料理と愛の話だ。嫉妬されるほど女の子は綺麗になる。煮込めば料理は美味くなる。同じだよ」

「いや全然違うような」


 大体、飛雄にそこまで可愛がられた覚えはない。そもそも誰にでも寒い言動を繰り出す人だし。彼はシイタケをこちらに差し出し、

「そして健気に耐える君を僕は可愛らしいと思う……これぞ愛の循環だ」

「はあ……」


 訳がわからない──というかそのシイタケをどうしろと? ふっ、と影が落ちて、玉葉は顔を上げた。いつの間にか、目の前にいた飛雄にびくりとする。変人とはいえ、間近で見るとやはり端正な顔立ちをしていた。


「ひ、飛雄料理長、近いんですが」

棚と飛雄に挟まれて逃げ場がない。

「風呂に入ったのかい? 髪が濡れてる」

 飛雄の手が髪に触れそうになった瞬間、靴音が響いた。そちらに視線をやり、玉葉は目を見開く。

 紫苑が立っていたのだ。


「へ、へいか」

「これは陛下、このようなむさ苦しい場所へようこそおいでくださいました」

 うやうやしく頭を下げた飛雄をちらりと見て、紫苑が近づいてくる。


「先ほど、厨房の料理人たちに聞いたのだが、玉葉に仕事が集中したそうだな。原因は、私が玉葉の料理を所望したからだと」

「いえ、違います」


 慌てて言う玉葉を遮り、飛雄が口を開く。

「それがなにか?」

「おまえはそれを放置したわけか、飛雄」

 飛雄は微笑んだ。


「玉葉はそんなことに負けたりしない子です。だから僕は彼女を気に入っている」

 それに、と続けた。


「こうなることは予想できたのではないですか? 陛下の御膳を作るのは、王宮料理人みなの夢です」

 王相手に退こうとしない飛雄に、玉葉はハラハラした。


「……そうだな、私のせいだ。軽率だった」

 紫苑は玉葉を見て、ふにゃ、と笑う。

「ただ、玉葉のうどんをまた食べたかったんだ」


 玉葉はかあっと赤くなった。体温が上昇する。可愛いとか、綺麗とか言われるより、料理を褒められるほうがずっと嬉しい。舌が肥えているだろう紫苑に褒められるのはひときわだった。


 ちら、とこちらを見た飛雄は、

「なぜそこまで僕の玉葉にご執心なのでしょう。確かに僕の玉葉は珍味ですが」

「私料理長のものじゃありませんけど!? っていうか珍味ってなに」

「玉葉はおまえのものではない」


 いきなり抱き寄せられ、玉葉は目を見開く。紫苑の長い指先が、髪を撫でた。甘い声が、耳元をかする。

「私の花嫁だ」

「……!?」

 先ほどとは違う理由で体温が急上昇する。


 飛雄は目を瞬き、なるほど、と呟いた。

「南棟の姫は玉葉か……。料理人が花嫁だなんてまさしく珍事。秘密なわけだね」

「あの、花嫁というのは一年だけで、別に本当の花嫁では」


 しどろもどろになる玉葉に、紫苑がむっとしたようにつぶやく。

「なぜそんなに焦っている?」

「だって料理長お喋りっぽいし」


「失礼だな玉葉。僕は必要な時にしか喋らないよ。まあ主には女性への愛を語る時だね」

「必要ですか? それ」


 紫苑が口を挟む。

「というわけで、玉葉には手出しするな」

「一年後には玉葉は自由になるんですね? いいでしょう。愛は耐えるほどに燃え上がるものだ」


 何の話をしてるんだこの人たちは。

「とりあえず陛下、私、夜食を作らなきゃならないので、離してください」

「私もついていく」

「陛下には政務があるでしょう!」

「今日はもうない」


 がっちり抱き込まれ、耳元に吐息が触れる。湯上りの甘い匂い。だんだん顔が熱くなってくる。


「君と一緒にいたい」

 ダメ押しのように囁かれ、心臓がどくんと鳴った。


「〜っ、だめです! 離しなさい!」

 声を上げると、紫苑がびくりとして玉葉から手を離した。しょんぼりした顔でこちらを見る。そんな顔をするのは卑怯だ。心を鬼にしつつ、

「流水殿におかえりくださいっ」


 出口を指さすと、すごすご歩き出す。ちら、と振り向いたので、しっし、と手で払うと、肩を落として出て行った。その様子を見ていた飛雄が、ふむ、と顎に手を当てる。


「……ああいう生き物をどこかで見たことがある。なんだったかな?」

「なんか、子犬っぽいんです。ああ……しっし、とかやっちゃった、どうしよう」


 普通だったら不敬罪で首刎ねられるところだ。頭を抱える玉葉を見て、

「にしても随分懐かれているんだね」

「やっぱり餌付けしたせいかと」

「餌付けって、ぽいというか、完全に犬扱いじゃないか」


 君は本当に珍味だね。そう言われ、玉葉は呻いた。


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