表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくらの花嫁  作者: あた
本編
12/32

私には免疫がありません。

 耳を真っ赤にしながら、ちょこちょこ歩く玉葉は可愛らしい。湯殿に消えた彼女を見送り、くすくす笑っている紫苑に、蓮宿が胡乱な目を向けた。


「陛下……なんです今のは」

「なにって、新婚さんは一緒に風呂に入るんだろう?」

「どっから得た知識ですか! あのうどん娘が本気にとったらどうするのです」

「一緒に入る」


 蓮宿は思わず紫苑の頭に手刀をみまった。

「痛いではないか」

 頭をさすりつつ、私は一応王だぞ、と主張する紫苑に、

「あなたはなにを言ってんですか! 山道で転んで頭打ったんですか!」

「別に風呂くらい……」


再び構えられた手刀に、紫苑は頭を防ぐ。蓮宿は手刀を下ろし、深いため息をついた。


「……先ほど藤家に行ってきたばかりではないですか。誤解を生むような振る舞いをして、白姫様に知られたらどうなさるのです」

「そう怒るな。結局入らなかったのだからいいではないか」

「あははは、隙あらば一緒に入ろうとしてたくせに、なに言ってんですかね」


 蓮宿の額に青筋ができる。ああ、まずい。このままだとキレる。そして胃を痛める。紫苑は話題を変えた。

「それより」

「あからさまに話そらしましたね」

「昼間の娘たちを呼んでくれないか」

「はい?」

 いきなりの話題転換に、蓮宿は首を傾げた。

「昼間って……あの料理人たちですか」

「ああ。少し尋ねたいことがある」



 玉葉は、湯殿を見渡し、口から間抜けな声を発した。

「ふあー……」


 湯殿は露天になっていた。湯けむりの向こうに、さきほど下ってきた山が見える。けぶるような雨に濡れる山々は、こうして見るぶんには風情があった。まさしく絶景かな、である。陛下は毎日こんな風呂に入っているのか。


「すごいなあ……じゃなくて、早く入らなきゃ」

 すべらないよう気をつけつつ、洗い場に向かい、身体に湯をかける。足首を見ると、少し腫れていた。触れてみると、多少痛む。


「仕事には支障ないよね」


 湯に入り、ふう、と息を吐く。じんわりとした熱さが心地いい。にしても、陛下が迎えに来てくれるなんて――必死に駆けつけてきた紫苑は、飼い主を探しに来た忠犬のようだった。あれには感動した……。


 次いで、耳元で囁かれた言葉が蘇る。

 ──一緒に入るか?


「〜っ」

 玉葉はバシャッ、と湯を跳ねさせた。顔を真っ赤にしながら、湯に沈む。唇から、ぶくぶく泡が出た。いきなりあんなこと言うなんて、料理長じゃあるまいし。

「……庶民をからかうなんて許せない」


 湯殿から出て身体を拭いていると、制服の替えが置いてあった。紫苑のはからいだろうか? 出たらお礼を言わなきゃな。そう思いながら袖を通す。


 着替えて浴場を出ると、紫苑が先ほどと同じく、柱にもたれて立っていた。黙ってそうしていると、非の打ちどころがない美青年だ。なんとなく近寄りがたくて、その場に立ち尽くす。


と、緑ががった黒い瞳がこちらを向いた。玉葉を見て顔を明るくし、ぽてぽて寄ってくる。あ、やっぱり子犬だ。そう思い、なんとなくほっとする。


「お待たせしました。さ、早く入ってください」

「ああ」

 紫苑はじ、と玉葉を見て、まだ少し濡れている髪を手にとる。黒髪が揺れ、長いまつ毛が伏せられた。


「湯上りの君は色っぽい」


 ちゅ、と髪に落ちた口付けに、玉葉は全力で後ずさった。怪我した足をひねってしまい、ぐき、と痛ましい音が鳴る。

「ぎゃあああ」


 色気のない悲鳴をあげ、うずくまった玉葉に、紫苑が慌てる。

「ぎ、玉葉、大丈夫か」

「だ、大丈夫! 大丈夫ですからあんまり寄らないでクダサイ」


 なに、今のはなんなの! ばくばくと心臓が鳴っている。紫苑は玉葉を抱き起こし、椅子に座らせた。目が合ったので、全力でそらす。紫苑がふ、と笑った気配がした。


「足の手当てを」

 女官にそう言って、湯殿に入っていく。椅子を勧められ座ると、女官す、と屈んだ。細い指先が、足首に触れる。


「失礼いたします」

「あ、ありがとうございます」

 足の手当てをされながら、玉葉は真っ赤になった頰をもとに戻そうと叩く。結果、叩きすぎて余計に赤くなった。手当てが終わるないなや、さ、と立ち上がる。


「陛下がもうすぐ湯から上がられると思いますが……お待ちにならなくてもよろしいのですか?」

「イエ仕事がありますので!」

 頰を真っ赤にして叫ぶ玉葉を、女官たちは珍獣を眺めるような目で見ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ