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さくらの花嫁  作者: あた
本編
1/32

プロローグ

中華だけど和食(!?)中華だけど桜。

 玲紀桜れいきざくらの枝、これを王位につくものの伴侶に捧げるべし。一年枯れぬ花により、二人の絆を確かめよ。花を持つ一年間、もし離れれば死が待つ。どんな困難が待ち受けようとも、互いに支え合い、けして離れぬ連理れんりの枝となれ。

──桜花国秘文おうかこくひぶん



「さあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい、五徳包丁ごとくぼうちょうの切れ味、とくとごらんあれ!」


 快晴の下で響く澄んだ声に、通行人達は足を止めた。

 市場に立ち並ぶ出店の中に、ひときわ小さな屋台がある。屋台の中にいるのは、黒髪をお団子にした少女。黒目勝ちの瞳に、桜の花びらのような唇。めくった袖から、細く、頼りない腕が覗いている。あんな子が一体何をやろうというのか――


「何秒で切れるかお立ち会い!」


 その手に握られているのは五徳包丁。


 と、少女が目にもとまらぬ速さで包丁を動かし始めた。包丁がまな板を叩く軽快な音。大根が切れていく。その手さばきに通行人たちはどよめく。あっという間に、屋台の前に人だかりができた。


「まだ若いのに大したもんだ」

「いや、包丁がすごいんじゃないかい」

「ああなるほどね。お嬢ちゃん!」


 男に声をかけられ、少女――桜玉葉おうぎょくようは顔を上げた。

「これで切ってみてくんないか」


 玉葉は差し出された包丁を見て眉をしかめた。ちゃんと研いでいないし、柄の部分が取れかかっている。


「なんですか? この包丁。これじゃ何にも切れないわ」

「俺は元料理人でね」

 男が皮肉げに言う。


「包丁を治す金も買う金もねえんだ。慰みにあんたの腕を見せてくんなよ」


 玉葉はじっと男を見て、しゅっと髪紐をといた。その紐を包丁の柄にくくりつける。そうして、砥石で刃を研ぎだした。


「どりゃああああああ」

 砥石に磨かれ、くもった刃がみるみるうちにつやを取り戻していく。玉葉は額ににじんだ汗をぬぐい、笑みを浮かべて男に包丁を差し出した。


「はいっ、これで使えるわ」

「お、おう……」


 男は玉葉の気迫に押されつつ包丁を受け取る。通行人たちはそれを見て笑った。

「はは、面白いねお嬢ちゃん」

「包丁一つくれるかい」

「はいっ、毎度あり!」


 玉葉は五徳包丁を包み、客に差し出す。

「僕にも一つくれるかな」

「はい、ただいま……」


 玉葉は顔を上げ、あ、と声をもらした。そこに立っていたのは、見知った男だったのだ。

せい料理長……」


 亜麻色の髪、甘い顔立ち。低く心地いい美声。彼の名は星飛雄せいひゆう。どこか異国めいた美青年に、通りすがりの女性たちがぽうっとした視線を送ってくる。そんな視線には慣れているだろう飛雄はこちらに身を乗り出してささやく。


「いけない子だね、玉葉。僕に黙ってほかの男の視線をくぎ付けにするなんて」

 玉葉はさっと彼をよけながら言う。


「いやくぎ付けにしないと包丁売れないし、料理長に報告する義務もないと思いますが」


「大体、王宮の料理人である君がなぜ実演販売を?」

「知り合いの刃物商に頼まれちゃって」


 頭に手をやって苦笑いする玉葉に、星がふっ、と笑う。

「僕の玉葉はお人よしだね。髪紐まであげてしまって……そんなところも好きだよ」

 甘やかな言葉に、玉葉はきっぱり返した。


「いえ、私料理長のものじゃないんで」


 玉葉と彼、星飛雄はけして恋人ではない。ではどういう関係かというと、上司と部下にあたる。玉葉は、ここ、桜花国おうかこくの、王宮料理人なのだ。


 桜花国は、桜の花の形をしている。だからその名がつけられたのだという。といっても、玉葉が実際に見たわけではない。地図の測量をした人間がいるから、間違いはないのだろうが。


 王宮のある王都は静安せいあんと呼ばれ、各地の豪族が集まっている。時々見かける朱塗りの車は豪族のそれだろう。


 春、桜が咲き誇るこの季節は、花見をしに豪族たちが場所取りに苦心する。より良い場所で桜を見たい――


 権力争いはいついかなるところにもおよび、どんなことでも張り合うのが豪族というものなのだ。しかし庶民にはかかわりのないこと。多くの民はのんびりと土手で桜を見上げている。どこで見ようが、美しいものは美しいのだ。





 王宮の前に立ち並ぶ市場を抜けた川の脇。玉葉は五徳包丁の包みを抱きしめながら、にこにこ笑っていた。先ほど、売り上げを刃物屋へもっていったら、お礼にとくれたのだ。


「包丁一本のために休みを反故にするなんて、君らしいね、玉葉」

 隣を歩く飛雄が言う。


「年頃の娘なら、好いた男と逢引きしたくなる季節だろう?」

「好いたひとがいませんからね、残念ながら」

「おや、ここにいるだろう?」


 玉葉は肩をすくめた。一見口説いているように思えるが、彼は誰にでもこんな感じなので、真に受ける者はいない。


「料理長こそおもてになるだろうに、好いた方と花見をしないんですか」

「僕は小鹿ちゃんたちみんなのものだからね。誰か一人を選ぶと、争いが起きてしまう。困ったものだよ」


 小鹿ちゃん──星は玉葉含め厨房の少女たちのことをそう呼ぶ。玉葉は背筋がぞわっとするのだが、喜んでいる子も結構いるので解せない。


「だけど偶然にも君と出会った、玉葉」

 これは運命だよ。星がそうささやいて、玉葉の髪に手を伸ばした。玉葉はあっ、と声を上げかがむ。


「ノビルだ! おひたしにすると美味しいんですよね」

 ひとりでに手を伸ばしている星を見て、玉葉は首を傾げた。

「どうしたんですか? 料理長」


 星はふっ、と笑い、

「いや……君は料理にしか興味がないの、知っているから大丈夫だよ」

「はい?」


 立ち上がった玉葉は、ひらりと落ちてきた桜の花びらに視線を向ける。川面に波紋が広がり、すうっと黒塗りの船がよぎった。船首に王家の家紋である、桜が刻まれている。これはもしや、王の乗る花見船だろうか。


 星が頭を下げたので、慌ててならう。


 船には御簾がたらされているため中が見えない。と、御簾が揺れた。その向こうから、すっ、と手が出てきたのでぎょっとする。


 きれいな手だ。包丁など握ったこともないだろう、なめらかな手。しかし、玉葉の手とは違い、指が長く、大きい。男の人の、手だ。


 これは、王の手なのだろうか。王宮の料理人になって二年足らずの玉葉は、まだ王の顔を知らない。まだ若く、自分といくつも違わない、というのは聞いたことがあるけど。


 玉葉は思わずそちらへ手を伸ばす。届くわけもないのに、そうしたくなったのだ。呼ばれているような、気がした。


 が、その人の手に桜の花びらが落ちたと同時に、きれいな手は船の中に戻っていく。


 玉葉は顔を赤くした。そうか、花びらをとろうとしてたんだ。呼ばれているなんて、そんなわけないのに。


 星が不思議そうに問いかけてくる。


「どうしたんだい、玉葉。川にますでもいたのかい」

「え、ええ、大きいのが」

「さすがに捕まえるのはやめたほうがいい。まだ水温が冷たいだろうからね」


 玉葉はええ、と答えながら、桜の咲き誇る中、遠ざかっていく黒塗りの花見船を目で追った。


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