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第4話 何故、ゴーレムなのか?

間が空いてしまいました。すみません。

シリアルです。……違います、シリアスです。

書き慣れない文字に動揺したようです。

 近くの木々にとまっていた鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 鋭い緊張感が辺りに漂い、長閑な森の風景は一変していた。


 石、と言うよりも岩で出来たゴーレムは、魔法文字ルーンを描かれた額を大きく巡らし、その人間の口を模した穴から、空気を震わせる雄叫びをあげる。

 その高さは大人二人分ほど、だろうか。

  精巧な人形というよりは、出鱈目に岩をつなぎ合わせた団子のよう。

 窪んだだけの二つの穴の中からは、しっかりとした視線が辺りをねめつけていた。

 子ども達ばかりか、畑に植えられて整列していたマンドラゴラ達までが怯え、土の中から全身を引っ張り出し、広くない畑を右往左往し始める。


 アルトは茫然自失し、立ち尽くしていた。

 これまでも何度も注意されていたが、終わった、と思った瞬間の気の抜けっぷりは、もはやうっかりなどと言う可愛いものではなく、命に関わるようなミスに育っていた。

 がっくりと膝をつきそうな虚脱感に襲われていたが、それだけは何とかこらえる。

 唐突に響いた空を切り裂くような鋭い笛の音に瞬きをして、音のする方を見ると、険しい顔をしたレイが指笛を吹いていた。

 「正気に戻れ! ガキどもを先に返す!」

 その音と声に正気を取り戻し、アルトはまだ手に持っていてうごうご蠢いているマンドラゴラを乱暴にバックパックにつっこむ。


 起動してすぐのゴーレムはまだ一歩も動かず、辺りを睥睨しているようだった。

 アルトはレイのそばに駆け寄り、子供たちの数を数え直す。

 全員そろっているようだ。

 「俺がゴーレムを引きつける。レイは、子供たちを転送しろ。……そのまま、助けを呼んで欲しい」

 バックラーとバスタードソードを構え、素早く鎧の様子も目視でチェックする。

 ゴーレムを前にすると彼の装備は紙みたいなものであったが、無いよりはましなはずだ。

 レイは眉根を寄せてアルトをにらみ返すが、不安そうな子供たちに囲まれ、それ以上何も言わない。

 アルトは強く頷きかけ、近くにいた赤毛をぐしゃっと手でかき混ぜる。子供は信じ切った目で彼を見上げていた。

 その温かさを名残惜しく思ったものの、赤髪から手を引くと、ウェストポーチにひっかけてあったスリングを取り出し、ひゅんひゅんと振り回して感触を確かめる。

 ゴーレムは畑越しにこちらをじっと見ているようだ。

 アルトは背負っていた荷物を落とし、背を低くして飛び出す。

 畑の中央を横切り、ゴーレムの腕の長さを考慮した距離をとり、途中拾ってあった大きめの石をスリングで投げつける。

 とても攻撃とは言い難い、ゴーレムの上っ面に傷を付けられたかどうかも不明な挑発行為。

 ゴーレムはアルトに視線を投げると、体の向きをゆっくりと変えていく。

 ゴーレムは明らかにアルトを認識したようだった。


 子供たちを纏めるように、抱き抱えるように、木立の中へと誘導する。

 レイは、帰還玉を確認すると、ゴーレムの気を引かないように細心の注意を払い、林に少し分け入った中にあるぽっかりと空いた場所に移動した。

 再度、子供の人数を数える。

 子供たちは緊張した面もちでレイを見上げていた。

 レイは自分のハンカチを取り出すと、腰につるしていたインク壷に直接人差し指を浸し、その指で布の上に自分の名前を走り書きする。

 インクで汚れた光沢のあるハンカチを、レイ達に助けを求めてきた赤毛の子供にしっかり握らせると、帰還玉を地面に投げつけた。

 子供たちが鋭い光から目を守るように顔を背ける。

 レイは、展開された帰還の魔法陣を睨みつけ、準備が整ったのを確認して、問答無用で子供たちの背中を強引に押し、魔法陣の上に乗せていく。

 最後まで残った赤毛の子供は、レイの手を引っ張って魔法陣に乗せようとする。

 「ごめんな」

 レイは子供の頭を優しく撫で、背を屈めて目線をあわせる。

 綺麗な緑色の瞳は、目の縁に水滴を溜めていて、まるで湖の底の水中花のようだ。

 言葉は届かない、とわかっている。

 それでもレイは、一言一言を区切って、伝える。

 「この魔法陣で、安全なところに行ける。レオンっていう司祭がいる。常識はないが安全な奴だ。さぁ、行け」

 子どもがふるふると首を横に振る。

 透明な滴が、辺りに飛び散った。

 その頬を撫で、軽くキスする。

 「俺はアルトのところに戻る。おまえは行け」

 子供の背中をそっと押し、魔法陣に入れると、振り返る途中のまま、子供の姿がかき消えた。

 魔法陣はまだ最後の淡い光を残している。この光が消えるところを見守っていたいが、そうもいかない。

 レイは立ち上がって、小屋がある方を見やる。

 手に持っていた杖をぎゅっと握り直し、木立の中駆けだした。


 バックラーは肘の手前までを覆うような小さな盾だ。

 普段なら、その盾で敵の剣先を反らすようにして戦う。

 だが、今日はとてもそのような戦い方は出来なかった。

 ゴーレムの一撃が余りにも重すぎるのだ。

 大人の男性の胴回りと同じくらいの腕が、思いも寄らない長距離から迫ってくる。

 相手のリーチは長い。

 とにかく直撃だけはしないように、と小刻みなステップでかわす。

 ゴーレムの動きは鈍い。だが、疲れることなく、その太い腕をぶん回してくる。

 何らかの方法でこの状況を打開しなければ、じり貧になるのは目に見えていた。


 「アルト! 下がれ!」

 鋭い声が響き、同時にゴーレムに向かって火の玉が炸裂する。

 咄嗟に後退し、バックラーで顔をかばったが、熱風がアルトの前髪を少し焼いた。

 「レイ! 何で来た?」

 動きを止めたゴーレムから距離をとり、油断無く剣を構えながら、アルトも怒鳴る。

 ゴーレムとアルトは、林と畑の間のごく狭い空間で対峙していた。

 だが、ゴーレムは、小屋の影から現れ自分に攻撃を仕掛けたレイをチラリと見やり、体の向きを変えようとする。

 アルトは舌打ちして、回り込んで、レイとゴーレムの間に躍り出た。

 「おまえは逃げろ! 助けを呼んでこい!」

 アルトが再度、叫ぶ。

 レイはびっくりしたように言葉に詰まり、次いで怒鳴り返した。

 「ば……、バカか? 里までどれくらいあると思ってるんだ、誰か呼んでくる前に、おまえ、死ぬぞ!」

 「ここまで俺の酔狂に付き合ってくれたんだ、もう十分さ」

 アルトはおどけたように肩をすくめて見せた。

 ゴーレムが手を振り上げ、アルトを薙ぎ払おうとする。

 後退して避けようとするが、ゴーレムはそれを見越したように一歩踏み込み、アルトは僅かに避けきれず、木立の方に吹っ飛んでいく。

 「バカが!」

 レイは吐き捨てた。

 こんな時に格好付けるアルトが腹立たしく、レイはその怒りのままに杖を振り上げ、雷をゴーレムにぶつけた。


 ゴーレムは通常、魔法耐性が強い。

 物理的な打撃を与えることができる魔法でなければ、かすり傷程度を負わせるのがやっとだ。

 また、ゴーレムには痛覚がない。

 ちまちまと傷を与えたところで、その行動が鈍ることなど、破壊の直前までありはしない。


 「それに……」


 レイは、雷を無視して、何とか立ち上がったアルトに向かっていくゴーレムを睨みつけた。


 アルトは役に立たないバックラーをゴーレムに向かって投げつける。

 ゴーレムが顔面に腕をクロスして避けたのを確認し、視界の外から襲いかかるアルト。

 しかし、ゴーレムもそれを予測していたのか、大きく腕を振り回し、再びアルトを吹き飛ばす。

 アルトの口から、血がこぼれていた。

 癒しのポーションは二つ。

 アルトは頑健な方だとは言え、ゴーレムと一対一で戦えるほどの力量はない。

 何とか打開策をと思うが、レイにはどうしてもゴーレムに違和感が拭えなかった

 知性の低いはずのゴーレムだが、今、目の前にいるソレには知性の片鱗が見える。

 栗色の髪を一振りし、しっかりと目を閉じる。戦闘状況が気になったが、それよりも今は、思い出すべき事があった。

 アルトのうめき声に感情を引きずられそうになるが、師匠の言葉を思い出し、意識を一つに集める。

 記憶のどこかに、このゴーレムに対しての違和感の秘密が隠されているような気がした。


 これまでのゴーレムの動きを、頭の中で繰り返す。

 一つの答えが閃いたが、それは同時に、不安をかき立てる内容でもあった。


 レイは目を開き、杖をしっかり掴みなおした。

 「アルト! ただのゴーレムだと思うな! こいつは、試作だ!」

 おかしいと思ったのだ。

 マンドラゴラの違法栽培だけであるなら、このような辺鄙な場所に、子供たちをさらってくるほどのことはしない。

 栽培もののマンドラゴラの薬効は低く、金持ちにとってみたら、小遣い稼ぎ程度にしかならないだろう。

 ましてや、ゴーレムである。

 アレが見張りだというなら、本体マンドラゴラよりもよほど高価な見張り(ゴーレム)と言うことになる。


 「どういうことだ?!」

 ゴーレムから距離をとり、息を整える。

 ゴーレムは明らかにアルトだけを見据え、狙ってきていた。

 「北の帝国で先日、クーデター騒ぎがあったろう? あの時、攻城戦に使われたゴーレムが魔術師の間で話題になった」

 「なんだって?」

 唐突に始まった小難しい講釈に、アルトは剣を取り落としそうになる。

 危ういところで剣を握り直し、軽いステップでゴーレムをかわしたが、レイの意図は見えないままだ。

 「単なる人形ではなく、奴らには知性が認められたんだ。ゴーレムに知性だぞ? 魔法に耐性があり、頑健な体を持つゴーレムに知性があるんだ、最終兵器とまで呼ばれ、戦況はクーデター軍に有利した」

 ゴーレムは本来知性がなく、条件反射的に攻撃を行う。

 非力とは言え、レイの攻撃を受ければレイを見ずにはいられないはずで、目標がころころ変わるのであれば、たった二人の戦力でもその隙を狙うことはできそうだった。

 だが、このゴーレムは各個撃破を狙っている。

 特に、自分に効果的な攻撃ができない魔術師を放置し、手強いと思われる戦士を先に倒す算段をたてている。

 アルトは、直撃を避けつつも、疲労がたまってきた腕と足を叱咤し、油断無く周りを見やった。

 「マンドラゴラは恐らく触媒だ。ゴーレムはここを守ると同時に、あの魔法陣の奥にいたことで、栽培したマンドラゴラを元に、知性を植え付けられていたんだ」

 「やばいじゃねぇか!」

 「そうなんだよ、やばいんだよ!」

 緊張感は増したが、レイは安心材料もある、と考えていた。

 噂に伝え聞く戦線に投入されたゴーレムは、地形と戦術を見極め、指揮官の指示もなく、敵の弱点を攻めてきていた、と聞く。

 しかし、ここにいるゴーレムにそこまでの知性は感じられない。

 程度の低い知性ならば、罠にはめることもできるかもしれない。


 レイはアルトの体勢を一度整えるべきと判断し、じりじりとアルトに近寄る。

 アルトは今、マンドラゴラの畑を背に、辛うじてゴーレムをかわしている状況だ。

 一度、ゴーレムの意識をアルトから離さなければならない。

 レイはウェストポーチから煙玉を出し、振りかぶった。

 「アルト!」

 名を叫び、アルトが居たところにそれを投げつける。


 盛大な煙がもうもうと立ちこめ、ゴーレムは闇雲に煙を殴りつける。

 しかし、煙が晴れると、そこにいたはずの戦士の姿はなく、畑の傍らにたたずんでいたはずの魔術師も姿を消していた。

 ゴーレムは大きく咆哮し、辺りを見回した。


20161106 誤字、一部表現を修正

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