表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第六神
92/200

隠したい事実

「……生贄……ですか」


 僕は思わずその言葉を繰り返してしまった。


 生贄……言葉としては聞いたことはある。でも、それは歴史の授業や漫画なんかだけだ。


「ああ。これを見てくれ」


 そう言うと、番田さんは持っていた鞄から新聞の切れ端のようなものを取り出した。


「……それ、何? せんせー」


 面倒くさそうにケイさんが番田さんに訊ねる。


「これは今から50年前の新聞の記事だ。この町の図書館にはマイクロフィルムとして残っていた。そして、問題の箇所をコピーして切り取ってきたんだ」


「え……何が書いてあるんですか?」


「簡単にいえば、事件だ。ここを見てくれ」


 そういって、番田さんは記事のタイトルらしき部分を指さす。


 そこには『男女2人死亡。川から死体引き上げ。無理心中か?』と書いてある。


「えっと……これのどこに問題が?」


「ああ。これだけでは八十神語りと関係があるとは言えない。ただ、この記事の隣を見てくれ」


 番田さんに言われるままに、僕とケイさんは番田さんの指先を見る。


 番田さんが指差す部分には『白神神社で例大祭開催』と書いてある。


「……なるほど。そういうことね」


 ケイさんは納得したようだったが……僕は理解できなかった。


「えっと……どういうことですか?」


 思わず番田さんにたずねてしまう。


「……ここでいう白神神社は北地区にある旧白神神社のことだろう。そして、そこではかつて、例大祭が行なわれていた。この例大祭とは……八十神語りが完遂したことを祝う祭りだったのではないかと私は考えている」


「例大祭……そんなの、聞いたこともありませんでしたけど……」


「ああ。おそらく、白神神社を管理する一族……つまり、黒田家が意図的に隠していたのだ考えるのが筋だろう」


「……じゃあ、黒田さんも……」


「いや。おそらく黒田琥珀は知らなかったはずだ。なぜなら……黒田家の巫女には八十神語りを完遂させる使命があるからな」


「使命っていうのは……もしかして……」


「ああ。生贄になることだ」


 ……僕は言葉を失ってしまった。では……黒田のお爺さんは、最初から黒田さんを八十神語りに巻き込むつもりだったのか?


 それをしてしまったから、あまりの罪悪感に耐えられず自ら死を選んだ……戻ってきた記憶は、徐々に僕に恐怖を覚えさせていた。


「……大丈夫か? 黒須君」


「え、ええ……でも、黒田さんやお爺さん……というか、黒田家だけで、そんなことできるんですか? 例大祭があった事実まで隠すなんて……」


 すると、番田さんは渋い顔をする。そして、少し声のトーンを落とした。


「……その疑問に答える前に、もう一つ、見せたいものがある」


 そういって番田さんが取り出したのは、今度は分厚い本であった。


 そこには『白神町史』と金色の文字で書いてある。


「……その分厚いのは?」


 ケイさんが怪訝そうな顔で訊ねる。


「この町の歴史を記した本だ。えっと……ああ、ここだ。この頁を見てくれ」


 番田さんに言われるままに、またしても僕とケイさんは番田さんの指先を見た。


 そこには「白神町例大祭の歴史」という項目が設けられて、文章が続いている。


「……普通に、書いてありますね」


「ああ。もちろん、こんな本、私のような研究者以外まともに読まないだろう。白神神社の例大祭があった事実など、隠すところか、放っておけば風化するものだ。ただ、見てくれ」


 番田さんがそういって指さした先にある文章を僕は見る。


「白神神社の例大祭の歴史は古く、江戸時代よりこの町がまだ村だった頃から行なわれており……え。そんなに歴史のあるものなんですか?」


 僕が思わず驚くと、番田さんは頷く。そして、すかさずその次の話を始めた。


「……つまり、仮定ではあるが、生贄の儀式は200年前から続いていたことになる。もし、八十神語りが生贄の儀式だとすると、そんな儀式が200年も続いていた事実は問題だ。だとすれば、その事実は風化させるべきであるし……風化させたいと思う人物もいると思われる」


「せんせーの言う通りだね。で、せんせー。アタシ思うんだけど、こういうのって、大体気付いた人がいるとその辺りのタイミングでそろそろ――」


 と、ケイさんが何やら不吉なことを言っている矢先、喫茶店のドアが開いた。


 めったに人がこない喫茶店の扉が開き、思わず僕は振り返ってしまう。


「すいませーん、ちょっと、よろしいですかー?」


 扉の先には……どこかくたびれた感じのレディススーツを来た女性が、ニヤニヤしながら立っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ