白神と紅沢
僕がそういうと、番田さんとケイさんは目を丸くして僕のことを見ていた。
「え……僕、なんか変なこと言いましたかね?」
「いや……黒須君。君……思い出したのか? 黒田琥珀のことを」
「え……あ。え、ええ……わかりますよ。というか、なんで今まで……」
自分でもよく意味がわからなかった。
まるで記憶に蓋をされていたかのような……そんな感じである。
でも、今は僕には黒田さんや紅沢神社の記憶、諸々が全て理解することができた。
「ま、白神じゃない方がやってたことだろうし、大した効力もなかったんでしょ。だから、今せんせーが話した内容で記憶が戻った……そんなところじゃない?」
ケイさんはつまらなそうにそういった。白神じゃない方……ということは……
「それじゃあ……黒田さんが、僕から記憶を?」
「まぁ、そうなるんじゃないの」
「で、でも、どうしてです? どうして黒田さんは、僕の記憶を……どうして僕の記憶から黒田さん自身の存在を消す必要があるんですか?」
「さぁ? それは本人に聞いてみないとわからないでしょ」
あまり興味なさげにそういうケイさん。僕としてはなぜ黒田さんがそんなことをしたのか、そして、そんなことをする理由がまったくわからなかった。
「黒須君。悪いのだが、話、続けてもいいか?」
と、番田さんが遠慮がちにそう言ってきた。
そうだ。今の話題の中心は黒田さんの家の話なのだ。
「え、ええ……つまり、黒田さんの家は……白神神社の?」
「……私の考えではそうだ。おそらく黒田家は代々白神神社を守る存在だった。しかし、旧白神神社はあの通り焼失してしまった。それ以来紅沢神社の神職を担当していた……そんな所だろうか」
番田さんはそう言って腕を組む。
「……ただ、問題は白神神社焼失事件と……黒田家の関係だ」
「え? ど、どういうことです?」
「君が既に思い出したから言うが、黒田老人……つまり、黒田銀蔵が死亡した際に、私は親族の一覧を見せられた。その際、銀蔵には娘がいたことになっている」
「え……娘……それって……」
「ああ。それが黒田真白……黒田琥珀の母親だ」
「黒田さんの……でも、その人は?」
「現在黒田真白は……行方不明者となっている」
番田さんは眉間に皺を寄せてそう言った。僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「行方不明……それで黒田さんには両親が……」
「ああ。ただ、私は……既に黒田真白はこの世にいないと考えている」
黒田さんは重々しくそういった。ケイさんがストローでコップに入ったオレンジジュースを吸い続ける音だけが店内に響く。
「……どうして、ですか?」
「旧白神神社の火災、これは大体10年前のことだ。そして、黒田真白の失踪……捜索願いが出されたのは今から10年前……これが何をいみするか、君わかるだろう?」
「え……で、でも、それだけじゃ……それに、僕達は黒田真白さんと会っているし……」
と、僕はケイさんの方に顔を向ける。すると、ケイさんは不機嫌そうに僕のことを見た。
「だから、あれは人じゃないって。でも、黒田真白ってのがこの世の存在じゃないっていうなら理解できるわ」
「え……そ、それって……」
「だから、其の人も巻き込まれたんでしょ? 八十神語りに」
ケイさんはしれっとそう言ったが、僕はただ、呆然としていた。
そして、ふと、この前の北地区で一瞬だけ見た黒田真白の悲しそうな表情が思い浮かんだのだった。




