整理すべき真実
ケイさんの言ったとおり、次の日、僕は喫茶店テンプルに向かった。
幸い、次の日が休日であったこともあり、琥珀と会うことはなかった。
ただ……最近、誰かの視線を常に感じるのである。
それはたぶん……琥珀の視線に違いない。もちろん、僕の思い過ごしなのかもしれないが……
とにかく喫茶店につくと、僕は扉を開く。
相変わらず閑古鳥が鳴いている喫茶店の奥に、ギャルっぽい少女と黒いスーツの男が向い合って座っていた。
「あ。おーい、黒須君」
ケイさんに呼ばれて僕は小さく頭を下げる。番田さんも僕に気づいたようだった。
「ああ。黒須君。話は聞いたよ。大変だったそうだね」
「そ。アタシが、ね」
ケイさんはわざとらしく大きな声でそう言った。僕は申し訳なくてとりあえず苦笑いしてみた。
「えっと……それで、今日は何の話を?」
「ああ。今一度事柄を整理したいと思ってね」
番田さんはいつになく……というか、いつも以上に真剣な表情で僕のことを見た。
「黒須君。君は曲りなりにも既に八十神語りの6つの話を聞いてしまった。残るは後2つ……君は覚えていないかもしれないが、八十神語りの存在を知っていた人物は既に死亡している。その人物も八十神語りが終わるとどうなるのか……それはわかっていなかった」
「え……ええ。で……番田さんは知っているんですか?」
「……残念ながら私もわからない。だから、君が八十神語りを完遂させることは恐怖であり……失礼な言い方だが、非常に興味深い」
番田さんは本気でそう言っているようだった。切れながらの瞳が僕のことを鋭く見つめる。
「ただ……我々には幾つか、八十神語りの最後に向かう上で解決しなければいけない事柄がある」
「え……それは……?」
僕がそう尋ね返すと、番田さんは小さく頷いた。
「ああ。まず、黒須君の失われた記憶だ。黒田琥珀、そして紅沢神社に関する記憶……それだけがすっぽりと抜けている」
「……黒須君。マジで思い出せないの?」
面倒くさそうにケイさんはそう訊ねる。僕は少し戸惑ったが、正直に応えることにした。
「……正直、黒田さん、って人を、僕自身が探していた……それくらいしかわからないです」
「なるほど。それで十分だ。とにかく黒田琥珀という少女が存在した。今から話す事実には、それだけを把握しておいてくれ」
「え……番田さん。それって……」
そう言うと、番田さんは懐から何かを取り出した。それは、少し古ぼけた写真のようだった。
「これは、白紙町のある住民から無理を言って借りてきた写真だ。写っているのは写真の持ち主とその父親……そして、隣にいるこの巫女服の女性を見てくれ」
そう言われて僕は写真を見る。長い黒髪におっとりした目つき……
「あ」
僕よりも先にケイさんの方が声をあげた。
「……気づいたかい?」
「あー……うん。この前、北地区? だっけ。そこで会った女の人。黒田……真白だっけ?」
言われて思い出した。黒田真白……確かにその人だ。
「え……じゃあ、この人は実在した人なんですか?」
「ああ。というか……もう既に分かっていると思うが、彼女は、黒田琥珀の母親だ」
番田さんは眉間にしわを寄せてそう言った。僕はイマイチ番田さんの言っていることの意味が理解できなかった。
「え……それじゃあ琥珀、じゃなくて……黒田さんのお母さんも、巫女さんだったんですか?」
「ああ。ただ、問題はこの写真を取った場所だ。君たちの見覚えのあると思うが……ここは北地区にあった旧白神神社だ」
「え……それじゃあ……」
「ああ。どうやら私はあの黒田老人に大事なことを隠されていたらしい」
番田さんは腕組みをして渋い顔をした。
黒田……紅沢神社……黒田さんは……紅沢神社……巫女だった……?
漠然と思い出されるフレーズと共に、僕は反射的に番田さんに向かって次の言葉を聞いていた。
「それじゃあ……黒田さんは……いえ。黒田さんの一族は……元々は白神神社の巫女さんだったってことですか?」




