愛憎の呪い
「ったく……アンタねぇ……気付くの遅すぎ」
未だにゲホゲホと咳き込みながら、ケイさんは僕を睨む。
しかし、僕はそう言われても、唯嬉しかった。
「ケイさん……良かった……」
「あ? 何? アンタ、もしかして、アイツが言った通りに、このまま私が笑い死ぬと思ってたわけ?」
責めるような目つきで、褐色の巫女さんは僕を睨む。僕は思わず目を逸らしてしまう。
「あ、あはは……そんなことは……」
「……はぁ。でも、収穫はあったわ。アイツの呪いも体感できたしね」
「え……ちょ、ちょっと待って。体感って……最初から、そのつもりで……?」
僕がそう訊ねると、当たり前だと言わんばかりにケイさんは頷いた。
「呪いってのは、どんな呪いなのかわからないとそれを解除することもできないわけ。だから、呪いに一度掛かってみるのが一番楽なの」
「で、でも……そんなの危険すぎるんじゃ……」
「まぁねー。良くて精神が崩壊して廃人状態で留まるし、悪くて死ぬわね」
ケイさんは何喰わぬ顔でそう言っているが……僕にはとても信じれられなかった。
まるで自分の身体を実験体にするかのような行為……やっぱりケイさん自身も相当不思議な人のようである。
「まぁ、とにかく、アイツの呪いの種類は分かったわ。問題はどうしてこんな呪いを使ってくるのかっことなんだけど」
「え……ちょ、ちょっと待って。呪いの種類って?」
僕がそう訊ねると、そんなことも知らないのかというような呆れ顔でケイさんが僕を見る。
「まぁ、簡単に言うと呪いってのは大きく分けると二つ種類があるのアンタもないの? 例えばさ、アイツが羨ましいなぁ、とか、もっと金持ちになりたいなーとか。で、アイツだけがズルい、アイツは不幸になっちゃえー……って思うのが嫉妬の呪い。これは男に多いかな。で、もう一つが愛憎の呪い。アイツのことが好きすぎて憎らしい~、みたいな? 女が使っちゃう呪いなんだけど……アイツが使ってきたのは愛憎の方なわけ」
「え……そ、それじゃあ、琥珀は……」
「あー、違う。アンタの知り合いは呪いなんて使えない。呪いを使ったのは白神の方」
「え……で、でも、白神って……」
「そうなんだよねー。アイツが何を愛していて憎んでいるのか……そもそも、八十神語りって儀式そのものもよくわかんないし……あー! わかんないことが多すぎでしょ! 今回の案件は!」
そういって苛立たしげに立ち上がると、ケイさんは僕のことを睨みつけた。
「明日! せんせーと会うから! アンタもいつもの喫茶店にちゃんと来なさいよ!」
「え……は、はい」
「じゃ、帰ろ」
そういってケイさんは歩き出した。僕はふと、その後ろ姿を見てまた嬉しくなってしまった。
「……ちょっと。何ジロジロ見て」
ケイさんが振り返って僕を睨む。
「えっと……ケイさん。その……帰ってきてくれて、ありがとう」
僕がそう言うとケイさんは少しキョトンとした顔をした。
「……そう思うんなら、あの古びた喫茶店でケーキくらい奢ってほしいんですけどー」
「え……ええ……」
僕が困っているとケイさんは悪戯っぽい顔をしてそのまま石段を降りて行ってしまった。そして、僕もその後をついて石段を降りていったのだった。




