不吉な予感
そして、ついにその日がやってきた。
八十神語りの日……既に何度も経験してきているのに、未だに慣れなかった。
朝、琥珀が僕のことを迎えに来る。いつも通りの態度だ。
並んで歩く琥珀を、僕はふと横目に見る。
……いつも通りだ。北地区で見た時の表情とは違い、穏やかな表情。
「どうしました? 賢吾」
と、不意に琥珀が僕の方に顔を向けてそう聞いてくる。
「え……な、なんでもないよ……あはは……」
僕は慌ててごまかすように顔を逸らす。
実際……この前の話を、聞いたほうが良いのだろうか。
なぜ、北地区にいたのか、そもそも、旧白神神社は、なぜあんなことになっているのか……
もっとも、聞いた所で答えてはくれそうにない……僕はなんとなくそう思ってしまったが。
「そういえば、あの女とは、あの後どうしたのですか?」
「え……あ、ああ。ケイさんのこと?」
琥珀はニコニコしながら僕のことを見ている……なんとなく、怖い。
「どうしたって……何もないけど――」
「嘘」
と、琥珀は短く、だが、僕にはっきりと聞こえるようにそう言った。
「……え?」
思わず僕は聞き返してしまう。
「嘘、ですよね。行きましたよね。白神神社」
琥珀は笑顔のままでそう言った。僕は何も言えずにただその貼り付けたような笑顔を見ていた。
「それで、夕日を見ていましたよね? 賢吾にとって、あの光景は、私と賢吾だけの大事な光景ではなかったのですか? それをあんな女と一緒に見るなんて酷いですよ」
そういって、琥珀はそのまま歩いて行く。僕は何も言えなかった。
……知っていた? 琥珀は……僕とケイさんが白神神社に行ったことを。
それじゃあ、琥珀はもしかして、あの場に……
「ですが、気にしていませんよ。あの女には……それ相応の罰が下りますから」
それだけ言うと、琥珀は歩いて行ってしまった。
僕は呆然とすることしかできなかったが……なんとなく、不味いことを起きそうな予感だけは感じ取ることができていたのだった。




