始まり
「おや、君か」
白神さんがそういって僕の存在に気づく。すると、すぐに横に立っている黒田さんのことも見つめていた。
「君は……初めて見るな」
「はい。白神さん。私、紅沢神社の巫女です」
「紅沢……ああ、分社の」
白神さんは納得した様子で頷いている。
特に機嫌が悪いとか……そういうことはないように見える。
というか、分社……どうやら、黒田さんの言っていたことは本当だったらしい。
そして、白神さんも、そのことを知っているようだった。
「白神さん、その……八十神語り、やるって約束だったよね?」
「ああ、もちろん、そのつもりだ。そっちの子も八十神語りを聞きたいのか?」
白神さんがそう訊ねると、黒田さんは少し緊張した面持ちで小さく頷いた。
「はい。お願いします」
「ふむ……だが、大丈夫なのかな。あまり分社の人間は八十神語りを好まないと聞いていたが……」
「いえ、お願いします。是非、白神さんの八十神語り、聞いてみたいのです」
強い調子でそういう黒田さん。
すると、白神さんは今一度ジッと黒田さんのことを見つめていた。
まるで品定めするかのような目つきで僕は少し不思議に思ったし、黒田さん自身もそんな目で見られることに居心地の悪さを感じているようだった。
「な……なんでしょうか?」
「君、綺麗な髪をしているね」
いきなり出てきたその言葉に、黒田さんは面食らってしまったようだった。僕も思わず唖然としてしまう。
「え……あ、ありがとうございます」
「ふむ。さすがはこの神社の巫女なだけある。きっと、素晴らしい素養を持っているのだろうね」
笑顔でそう言う白神さん。しかし、それを聞いて黒田さんは険しい表情になった。
そういえば、黒田さんは言っていた。自分ももしかすると、白神さん担っていた可能性がある、と。
もしかして、今白神さんが言った言葉は、黒田さんも白神さんになる素質がある、ってことなんだろうか……
そう思うと、なぜか僕は途端に不安になってきてしまった。
「あ……白神さん。八十神語り、しないの?」
僕が思わずそう言うと、白神さんは思い出したかのように僕のことを見た。
「ああ。すまない。では、始めようか」
白神さんはようやく八十神語りをする気になったようで、頷いてから少し間をおいた。
「では、まず一人目の神様の話から始めよう。最初はウシロガミ様の話だ」
「え? ウシロ……ガミ……様?」
僕は思わず尋ね返してしまった。白神さんはコクリと頷く。
「後髪が惹かれる……そういう言葉、聞いたことあるだろう?」
「あ、はい……でも、あれは神様って意味じゃ……」
「いや、あれは神様のことなんだ。ウシロガミ様はとても悪戯好きな神様でね……もちろん、昔はこの白紙村……ああ、今は白紙町だったか。度々現れていた」
「へぇ……どんな神様なんです?」
すると、白神さんは少し考えこむように口に指先をあててから、先を続ける。
「そうだなぁ……これは、この町……いや、この村で起きた1人の少女の話だ」
そう言って白神さんの「ウシロガミ様」の話が始まったのだった。