思い出したいこと
「……ふむ。なるほど……そんな現象が……」
北地区を抜けて、喫茶店テンプルに戻ってきた僕とケイさんは、今体験したことを番田さんに話した。
番田さんは相変わらずの難しい表情で僕とケイさんの話を聞いている。
「そ。だからさ、せんせーもあそこ、勝手に入んないんでよね」
「うむ……しかし、一体どうなっている? 君たちが会ったその……白神さんは一体何をしようとしているんだ?」
番田さんはなぜか、僕のことを見ながらケイさんにそう訊ねる。
ケイさんは大きく欠伸をしながら番田さんの質問に応える。
「まぁ、端的に言えば、黒須君の知り合いとやらの身体を使ってやそ……なんとかを完遂する……それが目下のアイツの目的だと思うけど」
八十神語りを……完遂させる。それが琥珀に取り憑いている何かの目的……
「でも……なんで白神は……琥珀に取り憑く必要があるんです? 八十神語りは今までもずっと琥珀が……」
そこまで言うと、番田さんが気の毒そうな顔で僕を見る。僕はなんとなく自分が言っていることがおかしいことを理解した。
「黒須君。アンタ、自分でも薄々気づいているかもしれないけど、あの白神に記憶を良いように改竄されてるっぽいよね」
「え……えっと……」
もちろん……自覚がないわけでもない。何かがおかしい……だけど思い出せないということが多すぎるのである。
「黒須君。今一度はっきりと言うが、君は白神さんから今まで八十神語りの話を聞いてきたんだ。そして、それを一緒に体験してきたのが黒田琥珀……この町の紅沢神社の巫女だった。それは覚えていないのか?」
「……いえ。黒田琥珀っていうのは……琥珀のことなんですか?」
僕が番田さんに訊ねると番田さんは答えにくそうな顔をする。
「正確には、ちょい違う。あの琥珀っていうのは、白神とその黒田琥珀の意識が混ざり合ってできた人格であり、存在だね……だから、アンタの知っている琥珀じゃない」
その代わりに、はっきりと物怖じせずにケイさんはそう言った。
それじゃあ……琥珀と僕に関する記憶はすべて偽物……ということになる。
「……なんとなく、覚えは有るんです。その……黒田琥珀という存在に関して。僕はその人のことを思い出したい……でも――」
「白神琥珀はそれを阻止したい。なぜなら……黒田琥珀という存在をアンタから忘れさせたいから」
ケイさんは僕でさえどのように言ったらいいかわからないことをピシャリと言ってのけた。
そして、ニヤリと僕のことを見て笑う。
「ま、なんとなーくわかるよ。アンタの知り合いがなんであの白神とやらに身体を貸したのか……そして、アイツがアタシにしてほしくないことも」
「え……それって……」
僕がそう尋ね返すと、ケイさんはいきなり立ち上がった。
「アンタが黒田琥珀と、それに関する記憶を思い出すことだよ。ほら、行くよ」
「い、行くって……どこへですか?」
「白神神社だよ。ああ、旧地区じゃない方のね」
そう言って、ケイさんはそのまま店を出て行ってしまった。
僕は思わず番田さんのことを見てしまう。
「正直……私よりも彼女の方が事態を把握していそうだ。行き給え」
番田さんにそう言われ、僕はケイさんの後をついて店を出たのであった。




