不条理な場所
「……黒田……真白」
僕は思わずその名前を呟いてしまった。なぜだろう……聞いたことのある名前だ。
「はい。アナタ達のお名前は?」
そして、今度は巫女服の女性……黒田さんが聞いてきた。
「あ、僕は――」
「残念だけど、知らない人に名前を簡単には教えられないんだよねー」
と、そこでケイさんが僕のことを遮ってそういう。
黒田さんは残念そうな顔でしょんぼりとしていた。
「そう……ですか。それなら、お参りだけでもしていってください。昔は参拝客がたくさんいたんですけど今ではあんまり人が来なくなっちゃって……白神様も寂しがっているんです」
「悪いんだけど、アタシとツレ、あんまり時間ないんだよねー。また今度にするわ」
そういって、ケイさんは強引に僕の手を握ってそのまま石段の方に戻ろうとする。
「え……ちょ、ちょっとケイさん……」
戸惑ってしまった僕はケイさんのことを見る。
と、ケイさんは呆れ顔で僕のことを見ていた。
「……アンタ、今アタシたちがどんな状況にいるかわかってんの?」
「え……そ、それって……」
「……とにかく、ここを出てから話すから。ほら、来て」
そういってケイさんはそのまま強引に僕を鳥居の方に引きずっていった。
「また、来てくださいねー」
笑顔で手を振りながらそういう黒田さん……やはり、あの姿、どこかで見覚えがある。
だけど、今の僕には思い出せなかった。
そして、程なくして鳥居をくぐって、石段の方に戻ってきた。
その瞬間、まるで夢から覚めるようにハッとした気分になった。
「どう? 気分は?」
鳥居をくぐった辺りで、ケイさんが僕に訊ねて来た。
「え……えっと、今のは……」
「ほら、あれ」
そう言って、ケイさんは鳥居の向こうを指差す。
「え」
僕は思わず言葉を失ってしまった。
鳥居の向こうには……やはり神社なんてなかった。
黒焦げた無残な木材の焼け跡だけがそこにあった。
「な……なんで……」
「はぁ……さっきも言ったけど、アンタ、さっきのヤツに、本格的に狙われちゃっているみたいだねー」
ケイさんは僕のことを憐れむような目で見る。僕は思わずケイさんのことを見返す。
「だ、だって……今、神社が……それに、人も……」
「人? ああ……アンタにはあれ、人の形に見えたんだ」
信じられないという顔で僕のことを見る。見えた……? っていうことは、それじゃあ……
「あれは……人じゃないんですか?」
僕がそう言うと当たり前だという顔でケイさんは頷いた。
「あれは恨みとか思いとか……そういうよくわからないものの集合体だね」
「え……じゃあ、さっきの黒田さんってのは……」
「うん。この世の存在じゃないねー。どうやら、この鳥居の先が完全におかしな場所になっちゃってるっぽい。不用意に入るのはマジでヤバイかも」
「で、でも! この前は普通に入れたのに……」
「ああ。それはさっきのヤツがまだ本調子じゃなかったからでしょ。アイツはアンタの知り合いの身体を手に入れて、力を増している……それにはアンタの知り合いの感情も影響しているっぽいけど」
つまり……琥珀の感情もさっきの場所に力を与えているってことなのか?
一体何が起こっているのか……僕にはまるで理解不能だった。
「ケイさん……これから、どうすれば……」
思わず僕が訊ねると、ケイさんはジッと目の前の鳥居の先を睨む。
「……さてね。まぁ、アタシは別に構わないよ。こういうヤバめな奴等、放っておくのはアタシ的には許せないから」
そういって、ケイさんは石段を降り始めた。僕は今一度鳥居の先を見つめる。
「……あれ?」
ふと、鳥居の先にまたしても黒髪の巫女服の女性が見えた。
その女性は悲しそうな顔で僕を見ていた。なんだろう……その顔は、僕が以前見たことのある表情に似ていた。
ただ……それが誰の表情なのか、思い出したくても出せなかったのだけれど。




