思い出せない存在
「あれは……憑かれてるっぽいね」
琥珀が去った後で、石段を登りながら、ケイさんは僕にそう言ってきた。
「……憑かれている?」
聞き慣れない言葉を聴いて、僕はケイさんに尋ね返す。
「うん。例えばさ、神様が憑依するとか……聞いたことない?」
「え……あー……つまり、琥珀には神様が取り憑いているってこと?」
僕がそう言うと、ケイさんは大きくため息をつく。
「……だったら、良かったんだけどねー」
意味深な感じでそう言うケイさん。僕はもちろんその先を尋ねる。
「ど……どういうことですか?」
「……神様ってのはさ、よく人に取り憑くもんなんだよね。私もそういうのは聞いたことあるし。別にそれは問題ないんだ。問題なのは……神様じゃないモノに取り憑かれた時なんだよね」
忌々しげにそういうケイさん。神様じゃないもの……なんとなく僕は嫌な気分になった。
「……神様じゃない……それって、琥珀に取り憑いているのは……」
「ああ。あれは神様じゃないね。神様になれなかった存在……ううん。もっと質の悪いモノだよ」
神様の成り損ない……つまり、先ほど琥珀の口から白神と名乗ったあの存在……それが神様になれなかった存在ということなのだろうか。
「それは……どういう存在なんですか?」
「うーん……今はちょっとわかんないなぁ。そもそも、アイツが何をしようとしているのとか……ただ、気になるのは……アンタの知り合いが進んでアイツに身体を貸したってことだよね」
知り合い……つまり、琥珀のことだ。
確かに白神の言葉を信じるならば、琥珀は進んで白神を自らの身体に取り憑かせたということになる。
しかし、一体どうして……
そして、何より僕の頭の中にずっとあるモヤモヤ……それは白神という存在に関してだった。
僕は……白神という存在を知っている。もちろん、それは琥珀のことではない。琥珀に取り憑いている白神のことだ。
しかし、それに関することは、まるで鍵をかけられているかのように、うまく思い出せないのである。
なんとなく会った気がする……その程度にしか考えられないのである。
「……ま。今考えても仕方ないわけだし……さっさと神社の跡とやらを見に行こうよ」
ケイさんにそう言われて僕はそれに同意する。
ただ……僕にはもう一つ不安なことがあった。
石段を一段登る度に感じる不安……それは、間違いなく確実に、大きくなっているのだ。
それをケイさんに伝えるべきか、もしくはケイさんも既に感じているのか……
僕はそれを確かめる勇気がないままに、石段を登り続けたのだった。




