彼女でない彼女
石段の上で琥珀……と思われる人物は不気味な笑みを浮かべたままで僕とケイさんを見ている。
もちろん、見た目は琥珀だし、声も琥珀だ。
でも、喋り方、そして、雰囲気……それが一気に変わってしまったように思えるのである。
「やっと出てきたかー……で、アンタこそ誰?」
ぶしつけにそう訊ねるケイさん。すると、鼻を鳴らして琥珀は笑う。
「私は白神、というものだ」
「え……し、白神?」
僕は思わず聞き返してしまう。白神……いやいや。それは琥珀の名字だ。
でも……なぜだろう。白神……琥珀の名字は元々はそうではなかった気がする。
「そうだ。賢吾。君の考えている通り、元々私は琥珀ではない。だが、今は琥珀なんだ」
「は? な、何言って……」
「いいかい? 私は私であって、この子なのだ。この身体の持ち主と私は一心同体……つまり、私は琥珀であって、琥珀ではないものなのだ」
……意味がわからなかった。だけど……なぜだろう。ものすごく嫌な気分が胸一杯に広がる。
あれは……琥珀ではない気がする。今しゃべっているのは少なくとも琥珀ではない。
では、なんだ? あれは何者なのだ?」
「ちょっと」
と、思考の渦に飲み込まれそうになる最中、ケイさんの声が聞こえてきた。
「それ、やめたほうがいいよ。考えたって答えなんて無い。アイツの言うとおり、アイツはアンタの知り合いであって、知り合いでない存在だよ」
ケイさんがそうきっぱり言い切って再び琥珀の方に顔を向ける。
「まぁいいや。アンタが何者かはわかんないけど、その身体から離れてくんない? っていうか、なんでその体に入っているわけ?」
「ふふふ……必要だからさ。この身体は私にとって必要なもの……だから、今は離れることはできない」
「へぇ……で、その身体を使って何をするわけ? やそ……なんとかっていう儀式? あれって要は何をする儀式なわけ?」
ケイさんがそう言うと、鋭い瞳で琥珀はケイさんを見る。
「……部外者の君には関係のないことだろう?」
「まぁ、そうなんだけどねー……でも、このままだとアンタ、この黒須君、殺すでしょ?」
ケイさんは軽い調子でそう云う。僕は思わずぎょっとしてケイさんを見た。
琥珀は黙ったままでしばらく僕を見た後で、まるで小さな子どもを安心させるかのように笑顔になる。
「殺す……という言葉は不適切だ。彼は……供物なのだ」
「へぇ。それって、生贄ってこと?」
物騒な言葉が飛び交った後で、またしても琥珀とケイさんは睨み合う。そして、先に目を逸らしたのは琥珀の方だった。
「……君に説明するのは面倒だ。それに、この身体から私が離れる気がないことがわかっただけでも、君には収穫だろう?」
「まぁねー……でも、それはつまり、アンタを無理矢理にでもその身体から引き剥がさなきゃいけないってわかったわけなんだけど?」
ケイさんがそう言うと嬉しそうに琥珀は微笑んだ。何が可笑しいのか僕にはわからなかった。
「面白いね。君……それならば頑張って欲しい。ただ、一つ言っておくと、私は無理矢理この身体を奪ったわけではない。この身体の主が私に身体を貸してくれているのだ。そこのところ、よく覚えていてくれ給え」
そう言うと同時に、またしてもガクンと頭を垂れる琥珀。白い髪がダラリとたれたかと思うと、しばらくしてまた起き上がった。
「……どうでしたか? 白神さんとお話できましたか?」
そうしゃべる口調は……僕の知っている琥珀のそれだった。しかしなぜだろう……この琥珀もいつもよりもどこか神経質そうというか……微妙に異なっているように思えた。
「そうねー。まぁ、大体何が起きてんのかは、把握できたわ」
「そうですか……でしたら、私からも忠告しておきます……あまり、黒須君にちょっかいを出すのはやめてください」
まるで人を殺せるかのような視線でケイさんを睨む琥珀。しかし、ケイさんは面白がっているかのようにニヤニヤと微笑んだ。
「うーん……どうしようかな~?」
そういって、ケイさんは僕の方を見る。僕は思わず苦笑いしてしまう。
「……はっきり言います。もし、黒須君に何かしたら……呪い殺しますから」
琥珀がそう言い放つと、またしても一迅の風が拭く。
思わず僕とケイさんは目をつぶってしまった。
そして、次の瞬間には……既に石段の上に琥珀の姿はなかったのであった。




