石段での会話
それからしばらく歩くと、白神神社の石階段が見えてきた。
僕は思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「黒須さん、あまり緊張しないで下さい」
黒田さんが忠告するように僕にそう言ってくる。
「え……う、うん」
そうは言われても、緊張するな、意識するなと言う方が無理な話である。
「白神さんは、黒須さんに八十神語りをするのを楽しみにしていたはずです……もっとも、私の存在は予想外でしょうが……」
「それって……大丈夫なの? 白神さん、怒ったりしないかな?」
「……紅沢神社の巫女であるという身分を明かせば、怒ることはないでしょう。もちろん、あまりいい気分ではないと思いますが……」
と、そこまで言うと、なぜか自嘲気味に、黒田さんは笑っていた。
「え……く、黒田さん?」
「すいません……私、あまり学校でも話し相手、いないんです。いつもこんな感じですから……同級生にも気味悪がられているみたいで」
「え? そ、そうかな? 黒田さん、むしろすごく可愛いと思うけど……」
と、そこまで行ってから僕は思わずしまったと思って口を抑えてしまった。
と、黒田さんは目を丸くして僕を見ている。
「え……か、可愛い、ですか?」
「あ、あはは……ご、ごめんね。なんか、失礼なこと言っちゃって……結構、思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプみたいで……」
僕がそう言うと、黒田さんはうっすらと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「いえ……ありがとうございます。黒須さんのそう言う純粋な所が、白神さんは気に入ったのかもしれませんね」
「え……そ、そうかな?」
「ええ……さぁ。行きましょうか」
そんなやりとりが終わったあとで、僕と黒田さんは階段を登っていく。
石段を登っている最中、オレンジ色の夕焼けが僕と黒田さんを包んでいる。
……大変なことに巻き込まれているはずなのに、なんだか神秘的な光景だと思ってしまった。
「……さっきのこと、本当ですか?」
「へ?」
と、いきなり黒田さんが僕に話しかけてきた。僕は思わず黒田さんのことを見てしまう。
「その……私のこと可愛い、って……」
「え? あ、あはは……まぁ、嘘ではないけど……言われたこと無いの?」
「……私は、小さい頃から、祖父以外の男性とあまり喋ったこと、ありませんから」
恥ずかしそうにそう言って、白い頬が仄かに紅くなっているのを僕は見た。
……なんだかいたたまれなくなってしまって僕まで恥ずかしくなってきた。
「そ……そうなんですか」
「ええ。私、変じゃありませんか?」
「え? あ、いや、変じゃない……と思うよ」
変だ、なんて言えないし……もっとも、変ではないとは思っていたのだけれど。
そうこうしているうちに、僕と黒田さんは階段を登り切った。閑散とした境内に、一陣の風が吹いてくる。
「白神さん……いるかな?」
「ええ。ほら、あそこ」
そういって黒田さんが指さした先……いつものように境内の端にあるベンチに座って、のんびりとオレンジ色の夕焼けを眺めていた。
僕と黒田さんは顔を見合わせ、そのまま白神さんの近くに歩いて行った。