許さない
カクシガミ様の話が……終わった。
なんだか、今までで一番不気味な話に聞こえる。
それはたぶん……僕が経験を以てその恐ろしさを知っているからだ。
そして、カクシガミとなった少女の言葉……
「これで、もう誰も忘れない……ですか」
一人つぶやくように琥珀がそういったのを聴いて、僕は少しドキリとする。
「うふふ。大丈夫ですよ。私は……今みたいなことをするつもりはありませんから」
「……つもりはない、ってことは、やろうと思えばできるってこと?」
僕が訊ねるとつまらなそうな表情で琥珀は僕を見る。そして、しばらくその軽蔑した視線を向けたと思うと、腰掛けから立ち上がった。
「いいえ。やりません。私は別にこの町の人たち全員に存在を忘れられても、気にすることはありませんから」
そう言ってから少し間を置いてその目で鋭く僕を見る。
まるで怒っているかのような……それでいて喜んでいるかのような……不思議な視線だった。
「私は賢吾にだけ覚えていてもらえれば、それでいいのです」
そう言って、ニッコリと琥珀は微笑んだ。
僕はその間ずっと考えていた。カクシガミ様の話でもあった「その人ではないその人」……それはつまり、今僕の目の前いる琥珀だ。
僕が探していたのは……琥珀だ。でも、琥珀ではない。
それが今、僕の本来あるべき記憶が隠されてしまっている……そんな感じがしてきたのである。
「賢吾? どうかしましたか?」
僕がまたしても考え事をしていると、琥珀がその思考に割って入ってきた。
「……ねぇ、琥珀……もし、僕が君のことを……忘れていたとしたらどうする?」
僕は躊躇ったが……聴いてみることにした。
すると、琥珀は最初キョトンとした顔で僕のことを見ていた。しかし、やがてニッコリと笑みを浮かべる。
「ええ。もちろん、そんなこと許しません。絶対に」
表情は笑っていたが……目は完全に据わっていた。そこで僕は確信した。
僕の記憶は、隠されているのだ、と。
「さぁ、次は10日後です。賢吾、そろそろ帰って下さい」
そう促されて、僕は石段の方に歩いて行く。
ふと、気になって後ろを振り返ってみた。
「……いない、か」
なんとなく感じた予想通り、既に琥珀の姿は境内のどこにもないのであった。




