事実か、虚無か
「はい。どうぞ」
満面の笑みで、琥珀は僕に弁当箱を差し出してきた。
僕と琥珀がいるのは……校舎裏の小さな祠の前だった。
……ここは、僕にとって大事な場所だった気がする。
だけど……思い出せなかった。何が大事なのか……
そして、ここには一体僕は誰と来たのか……
「どうしたんですか? 賢吾」
「え……えっとさ、琥珀。ここって、前にも来たことある?」
僕がそう言うと琥珀はキョトンとした顔をした後で、小さくため息を付いた。
「ええ。もちろんですよ。忘れてしまったのですか?」
「あ……い、いや。来た覚えはあるんだけど……」
「はぁ……仕方のない人ですね。賢吾は。ここは私と賢吾にとって大切な場所……いつもお昼はここで二人っきりじゃないですか」
「そ……そう……だよね」
そんな記憶は……もちろんない。
だけど、満面の笑みで自信満々にそう言ってくる琥珀を前にしてはそう言わざるを得なかった。
……それは同時に恐ろしいことだった。
なにせ、存在しない過去を、僕は認めていることになるのだ。
それこそ、今の状況のように僕の知らない間に現実に起きている異変を、容認してしまうかのような行為に思えるのだ。
「賢吾? 食べないのですか?」
「え……あ、ああ。食べるよ」
僕は慌てて弁当箱を開けた。見ると中身は……
「……全部、おにぎり」
「ええ。賢吾、好きですよね?」
嫌いじゃないけど……ここまで全部おにぎりというのは、どうなんだろうか。
「じゃあ……いただきます」
僕は一つを手にとって口の中に入れる。
……しょっぱい。なんだかわざと塩を大量にまぶしているのか、やたらしょっぱいおにぎりだ。
しかも、中身は何もない……少し怖いおにぎりだった。
前にもここでおにぎりを食べたような記憶があるけれど……いや、それも今勝手に変わっている僕の周りの変わってしまった事実だっただろうか。
「どうですか? お味は?」
「え……お、美味しいよ」
「そうですか。じゃあ、遠慮しないで食べてください」
言われるままに僕はおにぎりを食べていく……食べても、食べても、変わらない味……僕は反応に困ってしまった。
ただ、なんだかおにぎりを食べていると……それが当たり前のように思えてきた。
こうやってここでおにぎりを食べていること……
琥珀が言うようにそれが今まで当然のようにやってきたことのように思えてくるのである。
そして、なんとか全部食べ終わった。
「うふふ。全部食べてくれましたね」
「う、うん……美味しかったよ」
僕が取り繕うようにそう言うと、琥珀はまるで僕の心の中を見透かしているかのように目を細めて嗤った。
「そうですか……では、明日も一緒に食べましょうね」
「え……あ、ああ。そうだね」
僕がそう返事すると、琥珀は弁当箱を持って立ち上がった。
「ああ。そうでした。私、先に教室に戻っています。賢吾。校門の方にお客様が来ていますよ。行ったほうがいいんじゃないですか?」
「え……お客様?」
それだけ言うと、意味深な笑みを浮かべたままで、琥珀はそのまま校舎裏から立ち去ってしまった。




