神隠し
祈るような思いで、僕は番田さんに電話をかけた。
呼び出し音が永遠に続くように長く感じられる……
「……はい?」
「あ……番田さんですか?」
思わず僕は慌てて訊いてしまう。
「ああ。どうしたんだ。黒須君」
番田さんは……僕のことを覚えていたようだった。
ここまで色々な記憶がおかしくなっていると、もしかすると番田さんの記憶さえも改変されているかもしれないと思ったのだ。
「あ……すいません。その……今、大丈夫ですか?」
「問題ない。八十神語りに関することか?」
「はい……その……変なんです」
「……変?」
自分でもうまく説明できそうになかったが、とにかく話してみることにした。
「その……今日、番田さんと話した後、白神神社に行ったんですが……そこで、琥珀に会いまして……」
「琥珀……ああ。紅沢神社の巫女か」
「……紅沢神社? 琥珀は、白神神社の巫女じゃ……?」
僕がそう言うと、番田さんはしばし沈黙した。そして、しばらくすると、会話が再開する。
「……黒須君。そもそも君は、紅沢神社のことを覚えているんだね?」
「え……え、えっと……」
言われてみれば……紅沢神社。それはどこにある神社なのだろう。
いや、行ったことはある気がする……
でも、それがどんな場所で、僕にとってどんな意味があったのかは理解できなかった。
「その様子だと、黒田老人……紅沢神社の神主の自殺の件も、既に覚えていないようだね」
「え……く、黒田?」
黒田……なんだろう。僕にとって大事な……僕がそれこそずっと探していた人の名前……
でも、なんだろう。今となっては、既にそれが合わないパズルのピースのように、うまく合致しない。
「ふむ……どうやら、これは次の八十神語りに関係する事象のようだな」
「このおかしな現象がですか? 一体なんでこんなことが?」
「さぁ……ハコガミ様以降は私も詳しい分析を行っていなくてね。だが、覚えているかね。次の八十神語りの4つ目の神に関する歌詞のことを」
「え……えっと……」
『よんがみきたりて かみかくさん』……
「かくさん」っていうのは「隠さん」……つまり「隠す」ってことだろうか。
「隠すって……どういうことですか?」
「……あくまで私の推測だが……おそらく、これは神隠しに関係する事象なのではないかと、私は思う」
「神隠し、ですか?」
「賢吾ー? いつまで電話しているのー?」
と、そこまで訊ねると、リビングから母さんが呼ぶ声がしてきた。
「あ……すいません。番田さん。今家で……」
「ああ。それなら、また明日、喫茶店テンプルに来てくれ。ただ、くれぐれも、琥珀……白神神社の巫女には見つからないように来てくれ」
「え……わ、わかりました……」
そこまで言うと、電話は切れた。
神隠し……不穏な言葉が僕の頭で何度も浮かんでは消える。
「……琥珀……君は……誰なんだ?」
1人そう呟きながら、僕はリビングに戻ることにした。




