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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第一神
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紅の巫女

 そして、次の日。

 僕は学校でいつものように振舞っていた。友達とも普通に会話していたし、特に何かを思い悩むような素振りは見せなかった。

 無論、悩んでいなかったというわけではない。

 というか、白神さん、そして、八十神語りのことは、ずっと頭の中から離れなかった。

 そして、昨日父さんが話していた紅沢神社のこと……


「……その孫って人は、うちの生徒なんだよな」


 しかし、どうにも僕はうちの学校に神社の神主の孫が通っているなんて話は聞いたことがない。

 そして、果たして本当に来てくれるのだろうか……僕にはどうにもわからないことばかりだった。

 そうこうしている間に、すでに放課後になってしまった。結局、一日中その孫という人は姿を現さなかった。


「……帰るか」


 僕は帰りの支度をして、そのまま教室を出ようとした。


「すいません」


 と、廊下を歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。


「え……は、はい?」

「黒須さん、ですか?」


 振り返った先にいたのは……一人の少女だった。

 少女と言っても、僕が今まで会った中では一番美しい……それこそ、白神さんと同じくらい綺麗な女の子だった。

 制服を着ているのは学校にいるのだから当たり前なのだが、目を引くのは長く美しい黒い髪だった。

 そして、それと同じくらいに真っ黒で力強い瞳で彼女は僕のことを見ていた。


「あ……はい。そうですけど」

「私、黒田琥珀と言います。紅沢神社の神主の孫娘です」

「え……じゃあ、孫って……君が?」


 僕が思わず驚いてそう言うと、黒田さんは小さく頷いた。


「祖父から聞きました。とりあえず、今日は白神さんと約束してしまったのですよね?」

「あ、そうですけど……え? 大丈夫……なんですか?」

「はい? 何がです?」

「え……だって、君は女の子なのに……白神さんの話……」


 僕がそう言うと、そういうことか、と言わんばかりの顔で黒田さんは僕のことを見た。


「問題ありません。あれは、巫女ではないものが白神さんの話をすることがご法度なのです。私は紅沢神社の巫女ですから白神さんの名を口にすることは問題ありません」

「そ、そうなんだ……」


 よくわからなかったが、これもある意味ではそういうルール、なのだろうと僕は理解して、それ以上は深く訊ねなかった。


「とにかく白神さんと約束してしまったものは仕方がありません。ひとまず、今日は白紙神社に向かってください」

「え、ええ……君はどうするの?」

「私も同行します。共に八十神語りを聞くように、祖父からは言われていますので」


 淡々とした調子でそう言って、黒田さんは歩き出した。僕も仕方なくその後ろに情けなく付いて行く。

 と、しばらく廊下を歩いていると、ふと、白神さんが振り返る。


「同行する間、詳しいお話をしましょう。あまり人気がない道を通ります。いいですね?」

「あ……はい」


 むしろ、僕には選択権なんてないのだから、黒田さんの言うとおりにするしかなかった。


「では、行きましょう」


 そして、僕と黒田さんは学校を出てから白神神社に向かうことになった。黒田さんは行った通りに、普段僕でも通らないような道を通り、白紙神社へと向かっていく。


「白神さんと初めて会ったのは、いつ頃ですか?」


 と、不意に黒田さんが僕にそんなことを訊ねて来た。


「え……一ヶ月くらい前……かな?」

「なるほど。そして、一ヶ月程度経った昨日、白神さんから八十神語りの話を持ちだされたのですね?」

「う、うん……あの……黒田さん、八十神語りってなんなの?」


 僕がそう訊ねると、黒田さんは周囲を警戒したあとで、僕の近くに近寄ってきて、小さな声で話しかける。


「八十神語りは、儀式のようなものであった……その話は、お父様から聞きましたか?」

「うん……でも、どうにも僕には危険なことには思えないんだけど。白神さんだって危険な存在には思えないし……」


 僕がそう言うと、黒田さんは少し寂しそうな目をしたあとで小さくため息をついた。


「……そうですね。もしかすると、私自身も白神さんになっていた可能性もありますから……」

「え……ど、どういうこと?」

「……八十神語りは、つい60年前まで行なわれていました。戦争中も、国の必勝を祈って八十神語りが行なわれていたと、祖父からは聞いています。ですが、戦争が終わってこの町も豊かになると、八十神語りは忌むべき因習だったとして行なわれなくなってしまったのです」

「そ、そうなんだ……でも、黒田さんが白神さんになっていたかも、っていうのは……」

「黒須さんのお父様のお話によると、お父様のお母様……つまり、黒須さんの曾祖母にあたる方は、白神さんで困ったら紅沢神社に相談しろとお話しされていたそうですね。それは……紅沢神社が白神神社の分社だからです」

「分社? え……でも、紅沢神社の方が大きいのに?」

「今では、ですね。昔は白神神社がこの町唯一の神社として賑わっていました。ですが……一度火災で燃えてしまって……その時に、建て替えを兼ねて白神神社の本堂は小さなものにしたんです」


 黒田さんの話を聞いていれば、確かに、白神神社はやけに境内に土地が余っている感じがあった。

 それこそ、まるで元の大きさから小さくしたように……


「でも……なんで小さくしちゃったの? 元は村の拠り所みたいな場所だったんじゃないの?」

「……それは、白神神社が、あまりにも白神さんの力を高めてしまうからです」

「え? 白神さんの力を高める? それって……」


 僕が混乱するのを分かっていたのか、黒田さんは続きを言おうとして、ためらっていた。

 端正な顔立ちが苦々しそうにゆがんでいる。


「……すいません。今の段階では、ちょっとここから先は言えません。黒須さんにあまり嫌な思いをさせたくないので」

「え……あ、そ、そいうことなら……」

「……あまり白神さんをお待たせするのはよくありません。では、行きましょう」


 黒田さんがそう言うと共に、僕は再び歩き出した。

 話を聞けば聞くほど、知らないことが増えていく……僕はなんだか段々と陰鬱な気分になっていくようだった。

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