忘れられた約束
石段を降り切ると、琥珀は立ち止まった。
僕も同じように立ち止まる。
「それでは、ここでお別れですね」
名残惜しそうな表情で、琥珀は僕にそう言う。
「う、うん……じゃあ、また、次の八十神語りの時に……」
「うふふ……何を言っているのですか? また、明日学校で会えるじゃないですか」
笑いながらそういう琥珀……学校?
いや、確かに、僕は目の前にいる女の子と似た女の子と同じ学校に通っていた。
でも、それは琥珀ではない……違和感が僕の心のなかで大きく膨れ上がる。
「どうしたんですか? 私と明日、学校で会いたくない、ってことですか?」
琥珀の表情が固まる……僕は何も言えずただ小さく首を横に振った。
「あ……そういうわけじゃ……ただ……僕は……」
「……大丈夫ですよ。わかっています。賢吾は今、戸惑っているんですよね?」
「え?」
僕の返事を聞いているのかいないのか、琥珀はうっとりとした顔で話を続ける。
「いいんですよ。ゆっくり受け入れてくれればいいんです。私は待っています。いつまでも……たとえ、アナタに約束を反故にされても」
その時の琥珀の表情は、ゾッとするほど冷たいものだった。
約束……そうだ。僕は大事な約束を破ってしまった……でも、何の約束だ? いや、わかって入る。目の前の琥珀に関係している約束……
「琥珀……僕は……」
「もう帰って下さい。明日、会いましょう」
琥珀がそう言うと、一陣の風が吹いた。思わず僕は目をつぶってしまう。
次に目を開けた時には……既に琥珀の姿は僕の前にはなかったのだった。




