消失
それから、僕は全速力で紅沢神社に戻った。
神社の境内に戻っても、特に変わったことはない……ただ、なんとなく嫌な感じがした。
なんというか……不可思議な出来事……それが間違いなく起こっているような感じだったのだ。
「黒田さん!」
僕は境内内の黒田さんの家に遠慮無く押し入る……お爺さんの制止はなかった。
それどころか、人の気配がない……黒田さんはどうしたのだろうか。
「黒田さん!」
もう一度、僕は黒田さんの名前を呼ぶ。
その間に、八十神語りの歌の一節を思い出す。
『よんがみきたりて かみかくさん』……これは、どういう意味なのか。
いや、そんなのは簡単だ。かみ、かくさん……
「神……隠さん……」
神隠し……それを意味する可能性は充分にある。
だが、僕は一縷の望みにかけていた。
それを意味しない可能性を。
少し戸惑ったが……僕は既に黒田さんの部屋の前に来ていた。
家にいるはずのお爺さんの姿が見えないのは気になったが……それでも黒田さんの様子を……いや、黒田さんが部屋の中にいるかどうかを確認したかった。
「……黒田さん!」
僕は思い切って、黒田さんの部屋のドアを開けた。
その部屋の中には……
「……いない」
誰もいなかった。
部屋の中には……夢で見た通りの光景が広がっていた。
黒田さんのぬいぐるみがあちこちに散乱し、その手足や胴体が千切れている……
そして……
「……俺の名前」
ぬいぐるみの額には、俺の名前が書かれた紙が張ってある。
しかし、黒田さんの姿はなかった。
瞬時に理解した。
黒田琥珀は、隠されてしまったのだ、と。
そして、その通りに、黒田さんは、その日から、行方不明になってしまったのだった。




