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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第一神
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昔の話

「え? やそがみ……なんですって?」

「だから……って、母さんはこの町出身じゃないから知らないよね」


 夕食の支度時、僕は母さんに八十神語りという言葉を知っているかどうか訊ねてみた。

 しかし、やはり東京で父さんと知り合った母さんは、まったく心当たりはないようだった。


「でも……それって、いわゆる百物語、みたいなものなんじゃないの?」

「え? でも、百物語は妖怪の話をするでしょ? 神様の話をするって……聞いたことある?」

「うーん……やっぱり、聞いたこと、ないわねぇ」


 母さんはそう言って、夕飯の支度に戻ってしまった。これ以上は、やはり父さんに聞いてみないとわからないようである。

 それにしても……今日の白神さんはどことなく不思議な感じだった。いや、いつも不思議な感じがする人だとは思うのだけれど、今日は格別不思議だった。

 不思議というか……どことなく、不安を煽るような……そんな感じだった。


「おーい、帰ったぞ」


 と、そんな折に父さんが帰ってきた声が聞こえて来た。母さんが玄関へと向かっていく。

 しばらく2人が話している声が聞こえて来た後で、父さんが1人でリビングに向かっていく足音が聞こえた。

 そして、リビングの扉が開く。


「おかえり、父さ――」

「それ、約束したのか?」


 と、父さんは唐突にそんなことを聞いてきた。しかも、その表情はこわばっているというか……なんだか、恐怖しているような表情だった。


「え……な、何が?」

「八十神語りだ。すると、約束したんだよな?」


 父さんの勢いに僕は呆然としたまま小さく頷いた。父さんはそれを見て、大きくため息をついた。

 そして、なぜかそのまま電話の方に向かっていき、どこかに電話をかけた。

 程なくして電話がかかったようで、父さんは誰かと話し始めた。


「どうも、黒須です。はい……ええ、息子が……はい、約束した、と。しかし、あの神社、普通は入れないはずじゃ……は? 結界が? それを守るのがお宅の仕事でしょうが! ……はい。すいません。こちらこそ……ええ、分かりました。息子は高校生で……え? お孫さんと同じ学校? それは良かった……はい、分かりました。そう言っておきます。ありがとうございます」


 と、わけのわからない話をしたあとで、父さんは電話を切った。

 そして、険しい表情で僕の方に歩いてきた。


「え……父さん?」

「……白神さん、だよな?」


 唐突にそう言われて僕は何も理解できなかった。しかし、しばらくしてから、なぜ、父さんが白神さんの名前を知っているのか、という当たり前の疑問が頭に浮かんだ。


「え……父さん、なんで?」

「……そうか。やはり……いや、お前は悪くない。悪かったのは……運が悪かったとでもいうか」


 そういって、父さんは母さんの方を見る。母さんも不安そうな顔で俺と父さんを見ていた。


「え……何か、大変なことなの?」


 母さんの不安そうな声に父さんは何も反応しなかった。


「……母さん、悪いんだが、賢吾と二人きりにしてくれ」

「え? で、でも……」

「頼む」


 普段そんなことを言わない父さんが言ったその言葉に、母さんも尋常ならざる物を感じたのか、悲しそうな顔のままにリビングから出て行った。


「……母さんには悪いが、女には聞かせられない話なんでな」


 そういって父さんは今一度僕の方を見る。


「父さん、一体何が……」

「……俺も詳しくは知らない。昔に、お婆さん……つまり、お前のひいおばあさんから聞いたことがあるだけなんだ」

「えっと……その八十神語りは……危険なことなの? 白神さんは、遊びだ、って」


 僕がそう言うと父さんは悲しそうな顔で僕を見ていた。その表情を見て、僕はなんだかとんでもないことを仕出かしたのだと、段々と理解できてきた。


「そうだな。白神さんにとっては、遊びかもしれないな。だが、人間にとっては、儀式……いや、もっとはっきり言おう。呪術のようなものらしい」

「え……呪術?」


 僕が驚いているのを確認してから、父さんは遠い昔を見るかのように目を細める。


「ああ。昔この町がまだ、村だった頃は、ロクな産業もなく、農作物も収穫が悪かったらしい。そこで、住民は神様にお願いしようということになった……しかし、こんな田舎の狭い村だ。寺や神社だってまともに存在していなかった。縋るべき神様さえ、村の住民は知らなかったんだ」

「え……じゃあ、どうしたの?」

「だから……神様を作ることにしたんだ」

「え……作る?」


 僕が驚いていると、父さんはゆっくりと頷いた。


「ああ。そのための儀式が……八十神語り、というわけだな」

「え……じゃあ、白神さんは……神様なの?」


 と、僕が訊ねると、父さんは悲しげに首を横にふる。


「……俺のばあさんの話だと、白神さんというのは個人の名前ではなく、巫女、といっても、神社でお守りを売るような巫女じゃなくてだな……本当の意味で神様の巫女の役目を果たす存在の人のことを指して呼ぶ名称だったらしい」

「巫女……ああ、確かに白神さん、巫女の格好をしていたよ」

「そうだろうな。白神さんの役目は、八十神語りをすることで、神様の存在を村の住民に知らせることだった。八十神語りを聞いた住民たちは神様が自分達に神様が付いていると信じられるようになった。実際、白神さんが八十神語りをした後は農産物の収穫が良くなったり、金が山から発見されたこともあったらしい」

「へぇ……え。でもさ、それだったら別に悪いことじゃないんじゃないの? 八十神語りってのは神様の加護を得るための儀式なんでしょ?」


 僕がそう言うと、父さんはうーんと唸った後で、話を再開する。


「……だがな、良い事ばかりではなかったらしい。まず、八十神語りは一度始まったらやめられない……これは、白神さんから聞いたか?」

「え……う、うん」

「そうか。もし、途中でやめた場合……話をしていた白神さんは間違いなく死ぬ。しかも大体が凄惨な最期となるらしいんだ」

「え……そ、そうなの?」

「ああ。もちろん、おばあさんから聞いただけの話だからな。実際はわからない。後……これは母さんをリビングから追い出したのは……八十神語りを聞いていいのは、男性だけらしいんだ」

「え……そうなの?」

「ああ。これは白神さんになれるのが女性だけということと関係しているらしいんだが……まぁ、俺がおばあさんから聞いた話は全部だ。そして、お婆さんは俺にこうもいった……もし、これから先、一族の誰かが白神さんから八十神語りを聞いたら、迷わず紅沢神社に連絡しろ、と」

「紅沢……白紙町の中央にある大きな神社?」

「そうだ。なんでも、あの神主の一族が、白神さん関係のトラブルは今まで解決してきたらしい……といっても、それも数十年以上も前のことだ。一応さっき電話してみたが……電話に出た爺さんもなんだか不安そうでな……」


 そこまで言うと父さんは大きくため息をついてから、じっと俺のことを見る。


「……明日、お前と同じ学校にかよっている神主のお孫さんが、お前に会いに来るらしい。その子にもすでにお前が八十神語りに巻き込まれたことは知らせているらしい……いいか、賢吾。俺にできるのはここまでだ……紅沢神社の人の話を聞いて、どうにか白神さんに勘弁してもらうようにしてもらえ」

「え……あ、うん……わ、わかったよ」


 とは言ったものの……イマイチ自分が置かれた状況がまるで理解できない。

 白神さんは一体僕に何をしようとしているのだろうか……そして、僕はこれから何に巻き込まれようとしているのか……

 考えてみたところでわかるはずもなく、僕の脳裏には、白神さんのあの意味ありげな微笑みだけが浮かんできていた。


「とにかく、あまり深く考えないことだ。お前はとりあえず、一人でどうにかしようとか考えないで、困ったら誰かに相談しろ。いいな?」

「う、うん……」


 父さんにそう言われ、僕は頷くことしかできなかった。


「えっと……お母さん、そろそろ部屋に戻ってもいいの?」


 と、母さんが遠慮がちにそういいながら、リビングの扉の隙間から尋ねてきた。


「あ……ああ。もう大丈夫だ。母さん、悪かったな」

「え、ええ……賢吾、大丈夫なの?」


 母さんが不安そうにそう尋ねてくる。僕は思わず父さんの顔を見てしまった。


「……ああ、母さんが心配するようなことじゃない。そうだよな、賢吾」

「え……う、うん。大丈夫だよ。母さん」

「そ、そうなの……それなら、いいけど……」


 さすがに母さんも馬鹿じゃない。僕と父さんが何かを隠していることはなんとなく理解できているようだった。


「ふぅ。母さん、それにしても腹が減ったよ。夕飯にしよう」

「え? あ、ああ。そうね」


 父さんのその言葉で、それまでの陰鬱な雰囲気は一変して、いつもの家で風景に戻った。

 しかし、僕としては、未だに釈然としない。

 一体これから何が起きるのか。そして、白神さんとは一体どういう存在なのか……

 僕にとってはわからないことだらけで、しかも、どう頑張ってもそれを理解することは今の時点では不可能だということだけを、僕は理解していた。

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