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白神さんの八十神語り  作者: 松戸京
第三神
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信じること

 それから、僕は情けなくも家に帰ることしかできなかった。


 紅沢神社で出会った時の黒田さんのお爺さんのあの表情……怒りに満ちていた。


 なぜ怒っていたのかは……なんとなくは想像できる。


 どう考えても黒田さんのことだ。黒田さんはどうしているんだろう……結局、会うことはできなかった。


「賢吾? 大丈夫?」


 と、食事中に母さんが心配そうな顔で僕に話しかけてくる。


「え……あ、ああ。大丈夫」


「……賢吾。最近、何か変なこととかあった?」


 と、唐突に母さんがそんなことを聞いてきた。


「え……なんで?」


「……お母さんは、この町の出身じゃないからわからないけど……あの時のお父さん、すごく不安そうだったから……」


 母さんはそう言って困ったような顔をする。


 あの時……最初に、父さんに白神さんの話をした時のことだろう。


 確かにあの時の父さんの顔は本当に不安そうだった。それこそ……ああ。そうだ。あの時の黒田さんのお爺さんの表情。


 あれはまさしく、僕が白神さんに会ったことを伝えた時の表情と似ている。


 それはもちろん、怒りと不安は違う感情だが……必死さは同じくらいだ。


「……母さんは、父さんとはどこで出会ったんだっけ?」


 と、いきなり僕はそんな質問をしてしまった。母さんの方も目を丸くして僕のことを見ている。


「……どうして、そんなことを聞くの?」


「あ……いや、ちょっと気になって」


 すると、母さんはフフッと小さく微笑んでから、先を続ける。


「そうねぇ……大学時代よ。お父さんとは、授業で一緒だったの。その頃からお父さんはすごくカッコよくて……よくいろんな女の子に話しかけられていたわ」


「へ、へぇ……」


 意外だった。かっこいいというよりは……どちらかというと、無骨な感じの父さんが、女性に人気だったという話は初めてだったからである。


「それは、付き合ってからもそうで……正直、ちょっと嫌だった時もあったわ」


「え……じゃあ、母さん、怒ったりしたの?」


 僕がそう訊ねると、母さんは首を横に振った。


「怒りはしなかったわ。だって、お父さんのこと、信じていたもの」


「信じて……いた?」


「そうよ。だって、お父さん、ちゃんと母さんのこと、好きだって言ってくれていたもの。だから、母さんはずっと、お父さんのこと、信用していたの」


 遠い昔を思い出すかのように、目を細める母さん。


 信じていた……そうだ。黒田さんも、僕のことを信じていてくれたのだ。


 なのに、僕は……


「……って、もう! 恥ずかしい話させないでよ! まったく……ほら。ご飯全部食べちゃってね」


 恥ずかしげにそういう母さんを他所に、僕はまたしても黒田さんのことを考えていたのだった。

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