ハコガミ様の話
その村の神社は、異常だった。
巫女である少女は、神社の敷地から出ることを禁じられていた。
外に用がある時は、いつも使い者が代わりに外に出る……それが普通のこととなっていた。
唯一、巫女が外界との交流を体験できるのは、神社に参拝客が来た時だけ。
決して多くはないけれども、その神社を信仰していた村人達は度々神社を訪れた。
その中の1人……村の青年がその神社に参拝した。
たまたま巫女はその時、神社の境内で青年と出会った。
その青年は平凡な青年だった……だが、その平凡さが、異常な環境下に置かれている巫女にとっては酷く魅力的だった。
無論、その日、青年は参拝をして帰っただけだ。
だが、巫女はその青年を忘れることできなかった。
そして、しばらくしてから、青年はまたその神社にやってきた。
青年は1人ではなかった。可愛らしい少女と共に参拝しにきたのだ。
少女は青年の恋人だった。巫女はそれを見て、どう感じたと思う?
答えは簡単だ。裏切られた、と。
青年には全くその気はなかった。だが、巫女にとって、青年は初めて出会った外の世界そのものであり、自分が初めて好意を持った対象だったのだ。
そんな人物に裏切られれば、巫女がどんな気分になったかは想像がつく。
彼女はそれ以来、神社の拝殿に閉じこもってしまった。父や母が何を言おうが、彼女は拝殿から出てくることはなかった。
拝殿から聞こえてくるのはブツブツと何かを呟く声だけ……そのうち、両親も彼女を放っておくことにした。
ただ、不思議なことが起きた。村のあの青年が、巫女が拝殿に閉じこもった次の日から毎日神社に来るようになったのだ。
聞けば、青年の恋人の少女が唐突に原因不明の病にかかったという。
まるで何か悪い物にでも憑かれたかのようなその病を治すための祈願として、青年は神社にやってきていたのだ。
青年は毎日足繁く神社に通ったが、恋人の少女は敢え無く、還らぬ人となってしまった。
青年は彼女が死んだ日、夜になっても泣き続けていた。
そして、悲しみに暮れていた彼は、縋るものが欲しくて、深夜にも拘らず、またも件の神社に向かった。
と、青年が神社の境内につくと、何か音が聞こえてくる。
何かを壁に打ち付ける音……それは拝殿の方から聞こえてくるようだった。
青年は恐る恐る拝殿の中を、扉の隙間から覗いてみる。それを見ると同時に、青年は目を丸くしてしまった。
拝殿の中の壁には、無数の藁人形が打ち付けてあったのだ。一つや二つではない……何十個もそれは存在していた。
そして、部屋の隅では、また誰かが壁に藁人形を打ち付けている……青年はその人物がこちらを振り向くのを見た。
青年はその人物……目が血走り、痩せこけた頬のあの巫女と目が合ってしまった。巫女は、とても嬉しそうに青年を見て笑ったそうだ。
……その夜以来、巫女も青年の行方も誰も知らない。ただ、その神社の拝殿には無数の藁人形が打ち付けられたままになっている。
そのため、その拝殿には巫女の怨霊が宿っていると今でも信じられていて、それを鎮めるために神様として崇められている。
拝殿という箱の中に永遠に引きこもっている神様……ハコガミ様として。