準備
気付くと……いつのまにか、白神神社に着いていた。
どこをどうやって、ここまできたのか……僕は思い出せなかった。ただ、目の前には白神さんがいて、僕は白神神社にいる……それだけは理解できた。
「さて……良かったのかい? 君は」
「……え? な、何がですか?」
ふと、頭の中の靄が消えたようにすっきりとした。
白神さんは不気味に笑っている。
僕はとんでもないことをしでかしている……それだけは理解できた。
「約束。忘れているんじゃないか?」
「え……あ……あぁ……」
瞬間、身体の底から恐怖が湧いてきた……とんでもないことをしてしまった。僕は思わず腕時計を見る。
……既に約束の時間から2時間も経ってしまっている。そんなにも長い時間、僕は白神さんと一緒にいたのか?
「な、なんで僕は……」
「ふふっ。さぁて。なぜだろうね。そこにいる彼女もきっとそう思っているよ」
白神さんはそう言って、後を指さす。僕は思わずその指先をたどって視線を動かしてしまった。
「あ」
思わず声を漏らしてしまった。白神神社の境内……オレンジ色に染まった場所に、彼女は立っていた。
「黒田さん……」
黒田さんは……俺の事を見ていた。無表情で。しかし、涙が流れていた。
「く、黒田さん……これは――」
「分かっただろう? 分社の巫女。君は、また、捨てられたんだ」
僕が話そうとするのを遮って、白神さんは黒田さんにそう言った。黒田さんは目線だけを動かして白神さんを見る。
「君は、捨てられる運命にあるんだ。何をしようが、君は捨てられるんだ」
「し、白神さん! 僕は……!」
「ん? なんだい。私と一緒にいることを選択したのは、君の方だろう?」
ニンマリと邪悪な笑み浮かべながら白神さん葉そういう。
……違う。僕は選択などしていない。
白神さんに何かをされた……理解は出来なかったが、直感が僕にそう告げていた。
「く、黒田さん! 僕は――」
「……嘘つき」
僕がすべてを言い終わらない間に、黒田さんは僕にそういった。涙をボロボロと流しながら、冷たくそう言い放った。
そして、そのまま何も言わずに、黒田さんは石段を降りて行ってしまった。
「そ、そんな……」
「ふふっ。さぁ、これで準備は整った。始めようか」
と、いつのまにか、白神さんが満足そうな笑顔で僕の前に立っている。
「え……始める……?」
「ああ。今日は八十神語りの日……そう。今日の話はハコガミ様の話だ」




