あり得ない事
次の日。
日曜日だというのに、僕は既に白紙町の駅前にやってきていた。
正確には喫茶店テンプルの前である。
昨日の約束……黒田さんが僕に言った「でーと」という言葉。
僕は二つ返事でOKしてしまった。まぁ、OKしない理由が僕には見つからなかったのだけれど。
それにしても……黒田さんがあんなことを言って来るなんて思いもしなかった。
僕とデート……嬉しいけれど意外だった。
僕は黒田さんに何もできていない……それなのに、黒田さんは僕をデートの相手に選んでくれた。
本当に、僕なんかでいいのだろうか……なんだか自分で自分に自信がなくなってくる。
そう思って思わず時計を見てしまった。既に何度も見返してしまっている。
そろそろ約束の時間……黒田さん、本当に来てくれるのだろうか。
そう思って、そわそわとしている矢先だった。
「やぁ、君。どうしたんだい?」
と、聴いたことのある声が聞こえてきた。
……いや、まさか。あり得ない。
僕は自分の頭で思わず否定してしまった。
この声は……この場所では聞こえるはずのない声だからだ。
「なんだい? 無視しないでくれ。寂しいじゃないか」
僕は我慢できず顔を声のした方に向ける。
「あ」
そこに立っていたのは……白髪の女性だった。
白いシャツを来て、タイトな青いジーンズを履いている……そして、うっすらと微笑をたたえた優しそうな笑顔……
「……白神さん」
僕は思わず声に出してその名前を呼んでしまった。
そこにいるはずのない……というか、見たことのない格好をしている白神さんだったが、その表情だけはいつもと変わらないミステリアスなものなのであった。




