美しい場所
そして、放課後。僕はいつものように帰ろうとしていた。
「黒須さん」
と、僕が教室から出ると同時に、黒田さんの声が聞こえてきた。
「あ、黒田さん」
どうやら、黒田さんは僕の教室の前で待っていたようである。少し恥ずかしげな顔で僕から目をそむけている。
「その……少し、お時間よろしいですか?」
「え? ああ、はい。大丈夫ですけど……まだ何か?」
「はい……その、明日のことでお話したいことがあります」
黒田さんのその言葉に、僕はふと現実に戻ってきた。
明日は次の八十神語り……なんとも辛い気持ちになってきた。
「……もちろんです。行きましょう」
「はい……じゃあ、行きましょう」
そういって、僕と黒田さんは連れ立って歩き出した。
そういえば、既に黒田さんとはそれなりの期間、こうして一緒に過ごしている。僕は黒田さんのことを可愛いと思っているけど……黒田さんは僕のことをどう思っているのだろう。
そんなことを考えながら、お互い一言も会話すること無く、ただ歩いた。
気付くと、大分学校から離れた場所に来ていた。それこそ、白神神社に近い場所に。
「えっと……黒田さん。どこに行くの?」
「ああ、すいません。その……行きませんか。白神神社」
黒田さんの言ったことが僕はすぐには理解できなかった。しかし、白神神社と口にしたことは、僕にも理解できた。
「え……白神神社、ですか?」
「ええ……ダメ、ですか?」
ダメ……ではない。だが、やはりどうにも白神神社に向かう……僕にとっては少し躊躇いがある出来事であった。
「……いや、わかった。いいよ」
だが、黒田さんが言うのだ。だったら、僕はそれに同意するだけである。
僕が返事すると、黒田さんは安心したように微笑んだ。そして、今度こそ僕と黒田さんは白神神社に向かった。
既に近いところまで来ていたこともあって、すぐに白神神社の石段は見えてきた。
僕と黒田さんは並んで石段を昇る。この石段を登ったら白神さんが……なんてことを思ったが、八十神語りの日ではないのだ。いることもないだろう。
「……黒田さんは、見たことありますか?」
「え? 何を?」
「白神神社からの夕焼けです」
黒田さんは目を細めて、石段から夕日を見る。オレンジ色の光が、黒田さんの黒いショートカットを照らす。
「……いや、なかったな」
「そうですか。でしたら、行きましょう」
そういって、黒田さんは石段を登っていく。僕もそれに続いた。程なくして、神社の境内に辿り着いた。
いつもの石の腰掛けにいる白神さんは……いない。どうやら、僕と黒田さんだけのようである。
「ほら、あそこです」
目を細めて、黒田さんは空を指差す。その先には、町に沈みかかっている美しいオレンジ色の光があった。
「……綺麗だ」
思わず僕はそう呟いてしまった。それを聞いて、黒田さんも目を細める。
「ええ……私、白神神社も好きなんです」
その言葉に僕は黒田さんを見た。しかし、黒田さんは冗談ではないようだった。
「だから……いつも、ここに黒田さんと一緒に来られることは、すごく嬉しいんです」
その時、一陣の風が黒田さんの黒髪を撫でる。黒田さんは髪を指先でかき分けた。
その光景を見た時、僕は間違いなく、黒田さんが巫女という神聖な存在にふさわしい人だと確信した。
「あの……もう一つ、よろしいですか?」
「え? 何?」
しばらく恥ずかしそうに躊躇った後で、至極真剣な表情で黒田さんは僕を見た。
「その……明日、私と……でーと、してくれませんか?」




