彼女の寂しさ
「え……これ、食べていいの?」
僕がおずおずとそう訊ねると、黒田さんは小さく頷いた。
食べていい……ってことなのだろう。
僕は今一度、確認をしてから、おにぎりに手を伸ばした。
白いごはんに、海苔が張ってあるおにぎり……普通だ。
そのまま口に運び、かぶりつく。
「……梅干し?」
「ふふっ。ええ。そうです」
嬉しそうに黒田さんはそう言う。
……普通のおにぎりだった。でも……なんだろうか。とてもやさしい感じがする。
「八十神語りにもお付き合いさせて……ずっと苦労をかけてきましたから……そのお礼です」
恥ずかしそうに黒田さんはそう言った。僕はおにぎりを食べるのも忘れて、その黒いショートカットの髪が風に揺れているのを見ていた。
……やっぱり、そうだ。僕は、黒田さんのこと、段々、本気で可愛いと思うようになってきている。
「あ……え、えっとさ。黒田さんって……どこの組なの?」
「……え?」
「あ! ご、ごめん……いきなり訊いちゃって……でも、その……なんかあった時に、会いにいけないと困るし……」
なんとも苦しいいいわけだが、黒田さんは俺の心境を察してくれたのか、フッと優しく微笑んだ。
「一組です。黒須さんとは、違うクラスですね」
「あ、ああ……そっか」
「ええ……いつも、私は1人ですから。何かあったらいつでも来てくださいね」
そういって、黒田さんは寂しそうに目の前の祠を見る。
その光景はまさしく神秘的だった。誰も黒田さんに近づかないというのは、あまりにも恐れ多いからじゃないだろうか。
「……ここ、私だけの場所だったんです」
「え?」
「悲しい時や寂しい時……私、ここに来るんです。すると、この小さな祠に宿る神様が私を励ましてくれるみたいで……って、変ですよね?」
苦笑いしながらそういう黒田さん。やはり、可愛らしかった。
「い、いや……そんなことはないと思うけど」
僕は気まずかったので、おにぎりを頬張りながら先を続ける。
「……昔は、この町でももっと神様への信仰が篤かったと、おじいちゃんは言っていました。それが、八十神語りのような因習を生み出し、白神さんという存在を作り出したこともわかっています……でも、やっぱり、寂しいです」
「それは……紅沢神社の巫女として、ってこと?」
僕がそう訊ねると、黒田さんは曖昧に微笑んだ。
寂しい……僕だって、八十神語りに関わるまで、この町、この場所の神様なんて意識していなかった。
それに、紅沢神社だって、白紙町の大きな神社、ってだけで、特別な思い入れはない。でも、それは黒田さんにとっては、やはり、寂しいことなのかもしれない。
「……おにぎり食べたら、戻りましょう。ずっとここにいるわけにもいかないですから」
「まぁ……そうだね」
「……私は、ずっといてもいいんですけど」
「え? 何か言った?」
黒田さんは小さな声で何か言ったようだった。しかし、なぜか顔を赤くして首を横にふる。
「な……なんでもないです! さぁ、早く食べて下さい」
そう言われるままに、僕はそのままおにぎりを食べ続けたのだった。




