巫女の恥じらい
それから、数日……またしても何もない日が続いた。
八十神語りがないと僕の日常はこんなにも平穏というか……何もなかったのかと思い知らされる時間である。
まぁ……今では何もない日常の方が僕にとっては好ましいのだけれど。
そんな風に感じていたある日……次の八十神語りまで後3日となったその日だった。
「黒須さん」
と、教室にいきなり黒田さんがやってきたのだ。しかも、まだ昼休みが始まったばかりの時間に。
「あ……黒田さん」
僕は思わず驚いてしまった。
黒田さんは少し気まずそうにしながら教室を見回している。
教室のクラスメイトにしても、普段まったくといっていいほど目立たない僕に訪問者がやってきたことが意外なようだった。
僕はそのまま黒田さんの方に近寄っていく。
「どうしたの? また何かあった?」
僕は思わず黒田さんの頬を見てしまう。痛々しいその傷跡は未だに薄れてはいないようだった。
「あ……いえ。ちょっと……お聞きしたいことが」
「え? 聞きたいって……僕に?」
僕がそう返事すると、黒田さんは小さく頷く。
「はい……その……黒須さんは……お弁当持ってきていますか?」
「え? 弁当? まぁ、いつも母さんが作ってくれるけど……」
「あ……そ、そうですか……え、えっと……その……明日は、お母様に作ってもらわないことは、できるでしょうか?」
「へ? 作って……もらわないの?」
僕が確認すると、黒田さんは小さく頷く。何が何だかわからなかったが、どうやら、黒田さんは僕の母さんに弁当を作ってもらいたくない……らしい。
「あ……うん。わかった。黒田さんがそう云うなら……」
「……すいません。ありがとうございます」
それだけ言うと、まるで逃げるようにして黒田さんは去って行ってしまった。
僕は呆然としながら、廊下の向こうにいってしまう黒田さんの後姿を眺めていた。
「え……黒田さん?」
未だに理解できない僕は、狐につまれたような顔でその場に立ち尽くしていたのだった。




