傷跡
次の日。僕はいつも通りに学校に行った。
黒田さんがどうなったのかは、番田さんには聞けなかった。聞く勇気もなかったのだが。
ただ、学校に行けば黒田さんに会える……そんな根拠のない希望的観測を胸に抱きながら、僕は学校に行った。
しかし……僕の方から黒田さんには会いにいけなかった。黒田さんがどのクラスであるかもわからない……
考えてみれば、僕は黒田さんのことを全然知らないのだ。無論、黒田さんも僕のことを知らない。
そんな関係性なのに、八十神語りという儀式だけで、僕と彼女は結ばれている……
そう考えると、なんだか不思議だった。
仕方なく僕は放課後まで待ってみることにした。
黒田さんの方から会いに来てくれることを期待して……ほとほと、僕は僕自身が情けない人間だと感じてしまう。
「黒須さん」
教室に誰もいなくなり、オレンジ色の光が窓から差し込んできた頃、僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「黒田さ……あ」
僕は声のした方に顔を向けるると同時に、僕は声を無くしてしまった。
黒田さんは……そこにいた。だが、その頬にはまるで何かで斬りつけたかのような痛々しいまでの大きな傷跡が残っていた。
黒田さんも僕がその傷を見ているのを感じたらしい。目をそむけて黒田さん顔を隠す。
「あ……その傷は……」
「……カガミ様、です」
ボソッと黒田さんはそう言った。僕は信じられなかった。だって、カガミ様には確かにあの時帰ってもらったはずなのだ。それなのに……
「……一体、どうして……」
「……黒須さんが帰ったあの日……寝ている私に声が聞こえてきたんです……声というか、うめき声というか……私は酷く恐怖しました。それと同時に、ある1つのことを思いついたんです」
「え……な、何を?」
「私の顔が、私の顔であるからいけないんだ、と……だから、私の顔を変えてしまえば、カガミ様も私の顔をとらないでいてくれるんじゃないか、って……」
そう言って、黒田さんは頬の切り傷を撫でる。それじゃあ、その傷は……
「……ふふっ。私、もうおかしくなってしまっているのかもしれません」
「え……な、なんでそんなこと……」
「だって……自分で自分の顔にこんなことをするなんて……カガミ様なんて……いるかもわからないのに……」
そう言って、黒田さんは泣きだしてしまった。僕はただぎゅっと拳を握ってそんな黒田さんを見る。
「……いや、いたよ。カガミ様は」
そして、はっきりと黒田さんに向かってそう言った。
「……え?」
涙を流したままで、目を丸くして黒田さんは僕を見る。
「僕はこの目でカガミ様を見た。そして、僕自身が……帰ってくれと頼んだんだ」
「え……それじゃあ……」
「うん……あの時は……とても怖かった。だから、黒田さんがその行動をする理由、わかるよ」
そういって僕は今一度黒田さんの頬の傷を見る。
僕がもっと早く行動していれば……もっと早くカガミ様に帰ってくれと言っていれば……
僕が頬の傷を見ているのを感じたのか、慌てて黒田さんは頬の傷を手で隠す。
「大丈夫だよ」
「え……?」
「……確かにちょっと目立つけど……その……僕は黒田さんのこと、可愛いって思う気持ちは変わらないから」
ちょっと恥ずかしかったが、僕はそう言ってのけた。いや、僕はそう言わなければ黒田さんにとってとても申し訳なかったからだ。
僕がそう言うと、黒田さんは頬の傷から手を離し、涙を目に一杯ためながら僕のことを見る。
「……ありがとうございます。私……黒須さんとなら、八十神語りにも……耐えられそうです」
そう言って微笑む黒田さんは、頬の大きな傷があっても、やはり、僕にとっては可愛くて綺麗な黒田さんなのであった。




