カガミの中
人影というか……モヤモヤとした物体。明らかに尋常でない何か、だった。
番田さんに声をかけようとしたが……声が出なかった。そして、鏡から顔を逸らすことも出来ない。
鏡の中の僕の背後にいる影は、段々と僕に近づいてきているようだった。
これが……カガミ様だ。はっきりとはわからなかったが、そうに違いない。
僕はそう思って番田さん助けを求めるよりも、問題を解決することを優先することにした。
「カガミ様、お帰り下さい」……たった一言云うだけだ。問題ない。
しかし……僕の口は固まってしまったみたいに動かなかった。
そうこうしている間にも、鏡の中黒い影は既に僕の肩を触っていた。触られている感触はない……鏡の中の僕だけが触られているのだ。
そして、黒い影はそのまま僕の顔の方に手……と思われる部分を伸ばしてきた。
不味い……顔を取られる。そう思ったが、それでも僕は言葉を発することが出来なかった。
「黒須君! 何をやっているんだ! 大丈夫か!」
番田さんの声が障子の向こうから聞こえる……鏡の中で、黒い影は僕の顔を触っていた。
触られている感触はない……しかし、冷たい恐怖だけが僕の心を確かに支配していた。
もうダメだ……何も出来ない。
しかし、それと同時に、僕は手にしていたお守りを思い出す。
そうだ……これで諦めてしまったら、黒田さんはどうなる?
僕しか……僕しかこの問題を解決することができないのだ。
そう思って、僕は口に力を入れた。すると、先程よりも口は動きそうな気配を見せた。
しかし、鏡の中の黒い影は、撫で回すように僕の顔を触っている。
言わなくちゃ……そう思って、言葉を発しようとした時だった。
「もういいよ。あの子の顔は、取れたから」
聞き覚えのある妖しげな声が、耳元で聞こえた。
それと同時に、僕の口は完全に自由になる。
「カガミ様! お帰り下さい!」
自分でも驚くほどに大きな声で僕はそう叫んだのだった。