白神さんとの出会い
白神さん……僕が一ヶ月前、この神社で会った女の人だ。
一ヶ月前、白神神社に来たのはたまたまだった。
家に帰る途中、僕はトイレに行きたくなったのだ。
しかし、白紙町にはコンビニも少ない。だが、うっすらと、白神神社の境内には簡易トイレが設置してあることを僕は覚えていた。
僕は仕方なく階段を全力で上り切り、トイレを探す。
しかし、トイレを探している最中に、僕は目を丸くしてしまった。
巫女服姿の女性が、誰もいないはずの境内に立っているのだ。
白髪のその女性は、物憂げに何をするでもなく、僕の方を見ている。
「あ……え、えっと……な、なんですか?」
その時、僕は思わずそう訊ねてしまった。すると、女性……つまり、白神さんはうっすらと笑みを浮かべた。
「ふっ……トイレ、かい?」
「え……そ、そうですけど……」
「そうか。本堂の後ろだ。早く行くといい」
「あ……ありがとうございます」
僕はまだその人のことが気になっていたが……かといって、トイレも結構我慢できなそうな状態だった。
仕方なく、そのまま全速力で僕はその女性に言われた通りにトイレへと全速力で走っていった。
女性が案内してくれたおかげか、僕はなんとかトイレに間に合うことができた。そして、用を済ませた後で、境内へと戻ってきた。
「はぁ……なんとか間に合った……」
「ふふっ。それは、良かったな」
と、僕の独り言に対して、嬉しそうに返事する声。
「え……あ、ああ……その……先ほどは……ありがとうございました」
「いや、構わないさ」
僕が頭を下げてお礼すると、女性は静かにそういった。
白い髪に、透明感のある白い肌…なぜ僕はその人に対してどことなく「人間ではない」という印象を持ってしまった。
それはもちろん、誰もいないはずの境内に一人で立っていたという不可思議な状況を踏まえれば、当然のことなのかもしれない。
「え、えっと……ここで、何をされていたのですか?」
ぶしつけな質問だと自分でも思ったが、僕は、その女性に尋ねずにはいられなかった。
すると、女性は特に嫌な顔をするわけでもなく、僕のことを、その2つの目でジッと見てきた。
その切れ長の瞳に見られていると、悪いことをしているわけでもないのに、なんだかいたたまれない気分になってきてしまった。
「いや、特に何をするわけでもなかったんだ。暇、だからね」
「あ……そうなんですか」
「ああ、私は暇人なものでね」
自嘲気味にそう笑いながら女性はそう言った。
僕も思わず同時に笑ってしまった。
しかし、一つ疑問があった。
暇人……確かにそうなのかもしれないが、こんな寂れた神社で一人で立っていることの言い訳にはそれはならないような気がする。
「あ……えっと、じゃあ、僕はそろそろ、これで……」
「帰るのかい?」
なんとなく言われるようなは気はしていたが、女性はやはり僕にそう言ってきた。
「あ……はい。ごめんなさい」
「ん? なぜ謝る? 用が済んだのだから、帰るのは当たり前だろう?」
「え……まぁ、それはそうなんですけど……」
なんとなく、どうすればいいかわからないでいると、女性の方が僕の気持ちを察してくれたようで、なぜか不意に笑い出した。
「ふっ。気にしないでくれ。別に気を悪くなどしていないから」
「え……そ、そうなんですか」
「ああ。まぁ……せっかくこうやって出会ったんだ。もし良かったら明日もここに来てくれないか?」
女性が唐突に言い出したことに、僕は思わず驚いてしまった。
なにせ、今さっき会ったばかりの人である。そんな人にまた明日会おうと言われば、驚くのは当然である。
「あ……僕はいいですけど……アナタは、明日もここにいるんですか?」
「ああ。言っただろう? 暇人なんだ」
女性はそう言ってニッコリと笑った。
僕はなんだか嬉しくなってしまって、思わず大きな声で「はい!」と言って、そのまま境内から外に飛び出してしまった。
そして、僕はその次の日も、白神神社へと向かってしまった。実際半信半疑であったが、心のどこかでは、あの神秘的な女性と出会うのを楽しみにしている自分がいた。
実際、白神神社の境内へ行ってみると……あの女性はいた。前の日とは違い、境内の端にある小さな椅子に腰掛けて、のんびりと境内を見回していた。
「あ……あの!」
僕は思わず大きな声で女性に話しかけてしまった。女性は目を丸くして僕のことを見る。
「ん……ああ、君か」
僕の姿を見つけると、また優しげな笑みを浮かべて、女性は微笑んだ。
「あ……来ました」
「うん。来てくれたね。それじゃ……君の話をしてくれ」
「へ? い、いきなり……ど、どういう意味ですか?」
僕は思わず驚いて、女性に聞き返してしまった。すると、女性はまたも、何か嬉しいのかわからないが、嬉しそうに微笑む。
「ああ、すまない。今度君に会ったらそう言おうと思っていたんだ。そのままの意味さ。君の話をしてほしい」
「え……でも、僕、まだ、アナタに名前さえ教えてないんですが……」
僕がそう言うと、女性は狐につままれたような顔をした後で、また、うっすらと微笑んだ。
「ああ、そうだったね。では、まず、私の名前から教えよう……と言っても、私が君に名乗れるのは『白神』という名だけだ」
「え……白神、ですか?」
「ああ、よろしく頼むぞ。少年」
そういって、白神と名乗った白髪の巫女装束の女性は、意味ありげな笑みを浮かべていた。
これが、僕と白神さんの出会いなのである。