北と南
「その……カガミ様の家って、どこにあるんですか?」
喫茶店テンプルを出てから、僕と番田さんはしばらく駅から離れるように歩いていた。
番田さんは何も言わず、僕も、しばらくは番田さんに話しかけることができなかった。
しかし、さすがにどこにいくのかもわからないままでいるのもどうかと思い、思い切って訊いてみた。
すると、番田さんは立ち止まり、僕の方に顔を向ける。
「君は、十年以上この町に住んでいて、この町がどこかおかしいと思わなかったかい?」
「え……お、おかしい、ですか?」
おかしい……そうは思わない。確かに寂れてはいるが、おかしな町という認識はない。
「ない……ですかね。確かに、寂しい町ですけど」
「そう。寂しい町。そこだよ」
そういって番田さんは僕に顔を近づける。僕は思わず身を引いてしまった。
「え……な、何がですか?」
「この町は確かに寂れている……だけど、その寂れ具合に問題が在るんだ」
「……寂れ具合?」
「ああ。見給え」
そう言って、番田さんは今までやってきた道を振り返る。僕も同時に振り返った。
「この町は、駅に面する地域……つまり、町の南側は、確かに寂れてはいるが店もあるし、人通りも多い。だが……北側はどうだ?」
「え……北側?」
言われて僕は気付いた。
……町の北側って何があるんだろうか。僕は咄嗟に思いつくことが出来なかった。
というか、僕は町の北側に行ったことがあっただろうか……
「北側と言われてもピンと来ない……そうだろう?」
番田さんは既にお見通しという感じで、僕にそう言った。僕は否定する必要もないと思い、小さく頷いた。
「この町は北側と南側……その2つで大きな差がある。南側というのは、近代になってから栄え出した地域……いわば、新地域とでも言おうか」
「じゃあ、北側は……」
「旧地域。つまり、白神村の中心部だった場所だ」
そういって、番田さんはまた歩き出した。僕も慌ててその後に続く。
「近代になってから、村の住民は旧地域を避けるように、南側を中心とする町の設計を行った。それは、まぎれもなく、北側に、旧地域の中心部が存在してからだ」
「……え。でも、待ってください。白神神社は……南側にありますよ」
言ってみて僕は気付いた。確かに、白神神社は南側の方に存在する。だったら、番田さんの言っていることは間違っているのではないか。
「……君は、紅沢神社の神主から訊いただろう。かつて、白神神社では火災があり、立て直した、と」
「え……ええ。だから、紅沢神社が分社だ、って……」
「ああ。表向きにはな」
「え……表向き?」
「そうだ。はっきり言ってしまえば、あの白神神社は、元からあの場所にあったのではない。あそこに移転したのだ」
そう言われて、僕はあの非常に綺麗なままの本堂や境内のことを思い出した。
「移転、ですか」
「ああ。焼け残った鳥居以外は、全て新しく立て直した」
「だから、簡易トイレがあるんですね……」
「そうだ。ちなみに、旧白神神社を含め、八十神語りに関係する全ての建造物は、北側地域に存在する」
「え……じゃあ……」
番田さんは小さく頷いた。
「ああ。カガミ様の家は、北側地域に今も存在している」




