手順
「え、えっと……コーヒー一つ」
愛想がまったくない店長にそう注文し、僕は今一度テーブルに付いた。
「その……番田先生は――」
「いや、番田さんで結構だ。先生ではないからな」
苦笑いを浮かべながら、番田……さんはそう言った。
「え……えっと……番田さんは、八十神語りを研究しているんですか?」
「ああ。誰もしていない八十神語りを研究している……いわば、第一人者のようなものかな」
そういって、番田さんはコーヒーに口をつける。
「……もっとも、誰も研究していないなら、学会でも全く認められない研究だ」
「え……じゃあ、なんで……」
「……興味深いから、かな」
そういって、番田さんは腕を組んで僕のことを見る。その鋭い眼光に、僕は思わずたじろいでしまった。
「君は、この町の出身者だろう?」
「え? そ、そうですけど……」
「やはり、か。名字で分かる」
「え? 名字?」
僕が尋ね返すと、番田さんは深く頷いた。
「白紙町……いや、正確には、白神村の住人は全て色の着く名字を名乗っていた。これは私が長年の研究で得た一つの成果だ」
「え……白神村、って……」
僕がそう言うと、番田さんは目を丸くする。
「なんだ。知らなかったのか。この町の昔の名前を」
「え、ええ……しらかみ、ってことは……」
「ああ。白神村は白神さん……いや、シラカミ様の村だったんだ」
番田さんの言葉を聞いて、僕は何も言えなくなってしまった。
ちょっと待て……シラカミ様ってなんだ? 白神村もそうだが……一体どういうことなんだ?
「……つまり、白神さんは、神様なんですか?」
「いや、難しい所だが……そうではない」
そういって番田さんは難しい顔をする。そういって、机の上にあった資料の一つを手に取る。
「これを見てくれ」
そういって、僕に資料を手渡してきた。
「……これは?」
「歌だ。八十神語りに関係するらしい」
その歌の歌詞を見て、僕は目を丸くしてしまった。
「やそがみきたりて」から始まるその歌。
その歌はまぎれもなく僕がこの前、夜の闇の中で聞いた白神さんの歌の歌詞のまんまだったからだ。
「……その反応だと、その歌に何か心あたりがあるんだな」
番田さんにそう言われて僕は我に返る。
「この歌……なんなんですか?」
「その歌は八十神語りの手順を示している。最初の歌詞『いちがみきたりて』に続くのは『かみひかれん』という言葉……これは、ウシロガミ様のことだ」
そう言われて僕は今一度歌の歌詞に目を通す。
「……『ふたがみきたりて』後に続くのは『かみむかえん』……じゃあ、これは……」
「ああ。カガミ様のことだな」
番田さんはそう言ってカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「カガミ様を招いてしまった以上、放っておけば神様に迎えられる……つまり、神様に連れて行かれてしまうんだ」
「え……そ、それじゃあ……」
僕が言い終わらない間に、番田さんは立ち上がっていた。
「そうだ。だから、今から『カガミ様の家』に向かうんだ」




