できること
「……じゃあ、僕はこれで」
お爺さんに見送られる形で、僕は、黒田さんの家の玄関までやってきた。
お爺さんは相変わらず辛辣そうな面持ちで、僕のことを見ていた。
「はい……明日、またご連絡致するので、よろしくお願い致します」
「あ……はい」
そう言って僕は家を後にしようと、お爺さんに背中を向けた。
その時だった。
ガチャーン、と大きな音が、家の奥から聞こえてきた。
「え?」
僕は思わずお爺さんの方に振り返る。それよりも早く、お爺さんは既に家の奥……音のした方へと走りだしていた。
さすがにこのまま放って帰るわけにはいかない……僕もそう思い、慌てて履いた靴を脱ぎ捨て、そのままお爺さんの後へと続く。
家の奥へ行ってみると……黒田さんの部屋の扉が開いていた。僕はゆっくりと部屋の中に入る。
「琥珀……大丈夫だ。落ち着いてくれ」
見るとベッドの上で顔を両手で覆い隠した黒田さんがお爺さんに抱きかかえられ、頭を撫でられていた。
黒田さんが小さく嗚咽を漏らしているのが聞こえる。ふと、僕は黒田さんの部屋を見回してみた。
「……え?」
見ると、黒田さんの部屋にあったであろう手鏡が割られていたのである。誰がやったのかは……嗚咽を漏らしている黒田さんを見れば明らかだった。
「黒田さん……なんで……」
「……カガミ様が、鏡を通って来てしまう……そう感じているのです」
お爺さんはそう言って、ゆっくりと黒田さんから離れた。と、黒田さんはようやく僕の存在に気づいたのか、引きつったような笑みで僕を見る。
「あ……黒須さん。あはは……ごめんなさい。恥ずかしい所……見せちゃいましたね」
「そ、そんなこと……」
「いいんです……私はもうすぐ……カガミ様に顔を取られてしまうんです……だから……」
そう言って、またしても黒田さんは顔を両手で覆って泣き始めてしまった。僕はその光景を見て、なぜか怒りを覚えてしまった。
どうして、黒田さんがこんな目に合わなければならないんだ……何も、黒田さんは悪いことなんてしてないというのに。
……もし、お爺さんが言っていることが本当ならば……黒田さんを救えるのは、僕だけということになる。
だったら、僕がやるしかないじゃないか。八十神語りも関係なく、苦しんでいる黒田さんを助けたい……その時僕は純粋にそう思った。
「……お爺さん」
「はい。なんでしょう?」
お爺さんは不思議そうな顔で僕のことを見る。僕は今度は真っ直ぐにお爺さんのことを見た。
「……明日、連絡早めにしてください。僕にできることなら、なんでもしますから」
僕がそう言うと、お爺さんは嬉しそうに目を細めた。
「……黒須さん」
弱々しい声を発しながら、黒田さんも僕のことを見る。
「黒田さん……心配しないで。僕は……できることをしてみるから」
僕がそう言うと、黒田さんも嬉しそうになんとか笑顔を作って、僕に見せてくれたのだった。