本気
「え、えっと……どういうことですか?」
信じられない気持ちで、僕は思わずお爺さんに聞き返してしまう。
お爺さんも、この上なく申し訳無さそうに、僕のことを見る。
「……カガミ様の話……あれは、実際にあったことなのです」
「え? 実際に?」
お爺さんは小さく頷く。
「ええ……私の小さい頃から……その家は『カガミ様の家』と呼ばれていました」
「カガミ様の家……そんな場所、僕は知りませんですが……」
「それはそうでしょう。戦争が終わり、八十神語りが行われなくなってからは、カガミ様の家に近づくものはいなくなりました。というよりも、紅沢神社が誰も近づかないようにしていた、というのが正しいですね」
お爺さんはそういって、遠い昔を見るかのように、目を細める。
「しかし、白神さんが現れたということは……おそらく、カガミ様の家の結界も弱まっていることでしょう」
「え……それじゃあ……」
「はい。ですが、カガミ様の家は……白神神社以上に強い結果を貼っています。なにせ……カガミ様は、八十神語りの神様の中でも、相当危険な神様ですから」
「……どういうことですか?」
僕がそう訊ねると、お爺さんは再び大きくため息をつく。
「……カガミ様の鏡は……今も、存在します。カガミ様の家は、その鏡をそこに安置するためだけに、今も残っています。なぜか、わかりますか? 鏡は、あの家以外の場所に置けないからです」
「置けない……ですか?」
「ええ。家の中にある鏡を迂闊に見たが最後……カガミ様に顔を取られてしまうからです。だから、家に封印するような形で鏡を置いてあるのです」
僕はゴクリと生唾を飲み込んでしまった。そんな危険な存在を……僕1人で処理しろと、言うのか?
「じゃ……じゃあ、どうすればいいんですか?」
「……カガミ様に顔を取られる前に、お帰りいただくのです」
「え? お帰り……いただく?」
「はい。カガミ様の家にある鏡に向かって『カガミ様、どうぞお帰り下さい』と言って下さい。ですが……鏡を覗きこんだ瞬間、顔を取られてしまうので、その言葉をいうことも出来ません」
「え? そ、それじゃあ、対策も何もないんじゃ……」
「いえ……明日までに、私が、ある人物に連絡をとっておきます。私の知る限り、八十神語りに最も詳しい人物です。その人物と、共にどうにかしてカガミ様にお帰りいただくのです」
そう言うと、お爺さんは、いきなり立ち上がった。そして、そのまま床に膝をつくと、僕に土下座するような形になる。
「え……お、お爺さん。ちょっと……」
「……お願いします! 私は……こんな形でまた、孫娘までも失うわけには、いかないのです!」
お爺さんは本気で僕にそう言っているようだった。僕は断ることもできず、ただ黙りこくることしかできないのだった。




