取り返しのつかない行為
「……ふぅ」
その後、私は大きくため息を付いた。
……殺した。そして、白髪も手に入れた。
終わったのだ。これで。
私は今一度手に握ったままの女の白い髪を見る。雪のように白い髪……八人目の女……結局、私が感じていたあの感覚の正体はわからなかったが……終わったのだ。
既にこの家の用はない……さっさと退散すべきだろう。
「さて、帰るとする……え?」
私は、唖然とした。
白い髪から視点を移動した……その時だ。
私が今までいた家の中の様子は……完全に一変していた。
家の中は、もう何年も人が住んでいないであろう廃屋そのもので、壁や床……全てがボロボロなのである。
そして、何より机の上に置かれている皿……その上には、なんだか得体の知れない黒い物体が置かれている。
どう見ても、それは生ゴミのような……
「お、おいおい……さっき私は、あれを……」
何回か口の中に運んでしまった、そう意識した瞬間、私は思わず気分が悪くなってしまった。
……いや。生ゴミを食べたという事実だけではない。なぜ今まで気付かなかったのか……
ここは……ヤバイ。
私は神や幽霊なんかは信じない性質だが……ここは、ヤバイ。直感でそう分かる。
おかしいのだ。何もかも。人間が住んでいるはず場所ではないし、住める場所でもない。
そもそも、人が入ってはいけない場所……それは、私の直感として理解できた。
私は慌ててそのリビングから飛び出す。通ってきた廊下を走って、玄関へと向かう。
しかし……
「……おかしい」
いくら走っても……玄関が見えてこない。
まるで長い長い廊下のように……それこそ、無限に続く回廊のように……
私は玄関を目指すのを諦めた。
そして、理解した。
私は、罠に嵌ったのだと。あの女を殺してやるつもりが、あの女も、私を罠にかけるつもり満々だったのだ。
私はポケットの中を確認する。幸い、ナイフは未だに所持している。
それならば……
「……殺してでも、この家から出してもらおうか」
私はそう思い、廊下をリビングの方へ戻ることにした。
すると、先程の長い距離とは思えないように、すぐにリビングに戻ることができた。
私は今一度リビングを確認する。古びた机、そして、椅子……しかし、最大の問題があった。
「女が……いない」
私が殺したはずの女の遺体がないのである。
本来ならば、机に突っ伏しているはずの遺体が。
確かに私は女を殺した。その感触はあった。そして、それは現実だった。
だから、遺体は存在するはずなのである。しかし、それがないということは……
「……アイツは、なんなんだ」
私はそう言って、家の中をぐるりと見渡す。リビングから机を挟んで向こう側……家の中は奥に続いているようだった。
もしかすると……女は生きているのではないか。運良く急所を外れたために、女が家の奥ヘ逃げ込んだ可能性がある。
私は今一度ナイフを手にして、家の奥ヘ進むことにした。
しかし、既に頭では理解していた。確実に、私は女を殺したのだ、と。
動いて逃げることなど、あり得ないということを。
そして、家の奥へ進むことは……私にとって、取り返しのつかない程に危険な行為だということも。