あの場所での狂行
暫くの間、私は女の後を付いて行った。
そして、女は立ち止まった。
「……ここか」
見ると、そこは……大きな家だった。この見捨てられたような土地に、まるで突如として現れたかのような大きな家……私は思わずマジマジとそれを見つめてしまった。
「どうぞ。入って下さい」
いつのまにか、女は家の玄関の方にまで移動していた。
私は慌てて女の方へ向かっていく。しかし……嫌な感じは未だにしていた。
この家……どう考えてもおかしい。こんな打ち捨てられたような場所には似合わない……まるで私を招き入れるために作ったかのような……
それになんだか誰かが私のことを見ているかのような……そんな異様な気分がする。
「……いや。考えすぎか」
私はそう思い、女の誘うままに、玄関へと向かっていった。
玄関の先は……薄暗い廊下が広がっている。
「気をつけて下さいね。暗いので」
女は気にせずに歩いて行く。私も靴を脱いで、その後を付いて行く。
廊下はすぐに途切れ、居間が見えてきた。居間の机には既に料理が並べられている。
「どうぞ。アナタのために作ったんですよ?」
女は笑顔でそう言う。私は言われるままに席についた。
「……お金も払わずに良いのですか?」
「お金? フフッ……おかしなことを言うのですね。アナタはこの町の出身なのでしょう? 故郷に帰ってきた人をもてなすのは当然ですよ」
女もそう言って、机を挟んで私の向かいに座る。
……料理は、普通だ。肉や魚……特に奇妙な所はない。
私は確認するかのようにポケットのナイフに手を触れる。
……殺す。私は間違いなく、この食事中に目の前の女を殺す。
それは宣言でもあり、私自身への自己暗示でもあった。
「食べないのですか?」
と、女は既に食事を開始していた。私もそれに合わせて食事を開始する。
料理の味は……おかしくなかった。薬物なども入ってないように思える。
問題は、いつ女を殺すか、である。私は機会を窺っていた。
「……青柳光明さん、ですよね?」
それは、酷く唐突だった。
いきなり私は名前を呼ばれた。私は端を動かす手を止めて、女を見る。
「……えっと、名前、名乗りましたかね?」
名乗ってない。断言できる。女は知るはずのない私の名前を言ったのだ。
すると女はニッコリと私に微笑む。
「知っていますか? アナタの一族は……この町の……いえ、村の厄介者だったんですよ?」
いきなり女はそんなことを言ってきた。私の……一族? ふと、祖母や祖父が言っていたことが脳裏を過る。
「……どういうことですかな? 食事中に不躾だ。私は……そんなこと聞きたくないんだが」
「アナタは……自分がしていることが特別だと思っていますよね?」
私は今一度女を見る。
……知っている。女は私が殺人を犯していることを。
どういう方法を使ったのか知らないが……この女は知っていて私を挑発しているのだ。
「面白い事を言いますね。フフッ……特別なことなんてしていませんよ。私はただ――」
「ええ。一族が昔からやらずにはいられなかったことを、繰り返しているだけですよね?」
女は……私の事を見ている。
「……何を、ですか?」
私は思わず聞いてしまった。女は漸く話に乗ってきたと言わんばかりに嬉しそうに微笑む。
「殺人、ですよ。青柳の一族は残虐な一族だった……一族の中から十年に一人、どうしようもない殺人者が出て来る……昔は良かった。だけど、それは時代が進むにつれて隠せないことになっていって……だから、灰村家はアナタの一族をイロガミ様に選んだんです。イロガミ様に選ぶことで、青柳家の狂乱が、治まると思ったから」
女は意味の分からない事を言う……それと共に、私の中では殺人衝動が抑えきれなくなっていた。
ポケットに手を突っ込む……殺す。殺してしまおう。
「殺すんですか?」
女は私の行動を見透かすようにそう言う。私は……ナイフをゆっくりと取り出す。
「……ええ。決めていましたからね」
私がそう言うと女は大きくため息をつき、哀れな物を見るかのような目で、私を見る。
まるで、私が可哀想なものであるかのような……
「後悔しますよ?」
「……君が、ね」
その瞬間、私は立ち上がり、一気に女の首に向かってナイフを突き刺した。
女は一瞬目を見開いた後で、そのまま首から血を吹き出す。
机の上、私の服……血しぶきが辺りに飛び散る。
私がナイフを引き抜く。首の切り口から、一層、血液が流れ落ち、そして、女は……ガタンと音を立てて、机に突っ伏した。
私は立ち上がり、慌てて女の髪の毛を掴む。そして、ナイフで髪の毛を乱暴に切り取る。
白髪は……美しかった。それこそ、新雪のような……白い宝石のようだった。
「は……ははは! これだ! 私が求めていたのは……これなんだ!」
柄にもなく私は大声で叫んでしまった。
目の前で女が死んでいく最中、自らが手にした美しい白髪に見て……




